旅行記 : ニューヨーク(2004年10月9日~10月14日)

旅行記 : ニューヨーク(2日目)

2004年9月
ニューヨーク・二日目

起床
朝7:30くらいに、目が覚める。時差ぼけはなさそうだ。

ホテルの部屋から

セントラルパークに向かう

カーネギーホール


カーテンを開けて、ホテルの部屋から外を眺めおろすと
「ニューヨークに来たんだなぁ~」という気分になった。

新聞をチェックすると、8回表にヤンキースが同点に追いつき、6-5でツインズを撃破していた!!!
これで明後日の試合を見られることが確定。

トップ記事は、スーパーマンが心臓発作で無くなったという記事だった。

セントラルパークへ向かう
ホテルを後にしてセントラルパークへ向かう。
写真はホテルを出て、すぐの所。

カーネギーホール
一つ一つのビルが目を見張るような彫刻品になっているので、思わず見逃してしまいそうだった。

ここの舞台に立つことが芸術家としての一つのステータス。僕が立つことはまずなさそうだ。才能ある人のパフォーマンスを、観客席でしっかりと鑑賞できる能力は磨いておこうと日々努力をしています!!!

セントラルパーク
セントラルパーク内に入るや否や、数多くの市民ランナーが走っている。
自転車も多い。
物凄いスピードで走っているので、道路を横切るのに一苦労する。

セントラルパーク

とにかくみんな真剣。
わかるなぁ!!!
マラソンをしていない人には理解できないだろうが、マラソンは中毒になる。
「疲れを感じずにもっと楽に走ることができるんじゃないか」
「次のレースは余裕をもって走りたい」
などと思つつ、程よい疲れを感じながら、ジョギングするのはかなり楽しい。

次にニューヨークに来るときは、ニューヨーク・マラソンに参加することで来ようと思う。

ダコタハウス
1980年に、ジョン・レノンはこの前でファンに射殺された。

ダコタハウス

今もオノ・ヨーコが住んでいる。

ジョン・レノンとオノ・ヨーコと私
ビートルズ世代に当たる両親のもとで育てられたが、
ビートルズの"ビ"の字も知らない両親だった。
自然と耳に入ってくる音楽は歌謡曲と演歌。
「釜山港に帰れ」とか「さざんかの宿」をよく聞いた覚えがある。
僕自身、いろいろな音楽を聴くようになったのは実は大学生になってから。
小学校高学年から中学校にかけては「マイケル・ジャクソン」しか聴いていない。
高校では、ヒョンなキッカケでバンドを始め、数年前に解散したというBOOWYの存在を知る。
その他、ポツポツと邦楽を中心に聴く。
大学生になって、"自分の中に音楽が無い"ことを悟り、
この時期からジャンルにこだわらず色々な音楽を聴くようになる。
ビートルズを聴くキッカケになったのは、
大学2年の英語の授業で、
ビートルズの歴史を一年間かけて勉強したこと。
この時期に、集大成的なベストアルバム「アンソロジー」が出ていたので、
その三枚のアルバムを雑誌を読むような感覚で数回聴いた。
熱心に聞き込んでいたわけではない。

大学3年の時に、ビートルズ、特にジョン・レノンについて調べる機会がやってくる。フェミニズムという授業があり、グループによる自由発表形式の講座だった。
そんな中で、「"ジョン・レノンとジェンダー"という課題で発表をしたい」という女の子がいた。
「これはいいタイミングだな」と思い、同じグループに参加させてもらうことにした。
それからというもの、ジョン・レノンの曲はよく聞いたし。
"IMAGINE"はピアノも練習した。
オノ・ヨーコの著作も何冊か読んだ記憶がある。

僕がジョン・レノンを知ったときには、もう既にジョン・レノンはこの世の人ではなかったので、僕にとって「ジョン・レノンの死」は大きな意味を持たない。
しかし彼の没した地に行ったら何か感じるものがあるだろう。
そんなこんなで、今、ジョン・レノンが撃たれた場所にいる。
暗殺の跡地を訪れた経験でパッと思い出すのは、織田信長の「本能寺」。
本能寺の境内に立つと壮大なロマンを感じたのだが、このダコタハウスは何だろう???
どこか寂しげな感覚を憶える。
LOVE&PEACE。
全世界に向けて愛と平和を唱えることは、
想像を絶する悲しみを背負うのかもしれない。

ストロベリー・フィールド
中央にIMAGINEと刻まれたモザイク。オノ・ヨーコの作品。

ストロベリー・フィールド

東京都現代美術館で「オノ・ヨーコ展」を見たことを思い出す。

IMAGINEという単語を見ると、ジョン・レノンの名曲「イマジン」が思い浮かぶ。
曲の最初のフレーズは、「Imagine there's no heaven.(天国が無いと想像してごらん)」
この「無いことを想像する」という発想はなかなか面白い。
空海や密教を詳しく勉強したわけではないけれども、
「空(くうorから)の考え方」というのがある。
要は「無心になれ」という発想。
「無心になることは、何にも考えない」ということではない。
無心になることは、雑念を削ぎ落とすこと、そして本当に研ぎ澄まされた思考を巡らすことである。
仏陀は、無心になることで、真理を考える境地に達した。
オノ・ヨーコが東洋の思想をジョン・レノンに語ったのかもしれない。

天国が無いと想像してみる。
すると現世をしっかり生きなくてはという気になってくるし、
逆に天国について思いを巡らせてしまう。
無いと想像することで、逆に有ったらいいなと考える。
上手くいえないけれど
「無いのに有る、有るのに無い。」、
「空っぽになることは、空っぽになることではない。」
こんな感じロジックに、世のなかを司る法則みたいなのがあるのかもしれないと思った。

セントラルパークを横切る。
ストロベリー・フィールドを後にして、メトロポリタン美術館に向かう。

ベセスタ噴水


ベセスタ噴水
セントラルパークの中央にベセスタ噴水がある。映画の撮影でよく使われているみたいだ。


アンデルセン象前で
アンデルセン像の前の売店で、朝食を食べる。

ブリトー

「This one, please」と指を差して、サンドイッチを頼んだつもりが、チーズのプリトーが出てきた。。。
後から振り返ってみると、ニューヨークで一番美味しかった食べ物は、これだった。

不思議の国のアリス像
アリスとウサギの会話だっただろうか?

奥に
不思議の国のアリス像

「どっちの道に行けばいいの?」
「どっちに行きたいんだい?」
「どこに行けばいいのかわからないわ」
「だったらどっちに行っても同じだね」

こんなやりとりを思い出す。

歴史に残る子ども向けの小説???は、大人になってみて読み返すと「ハッ」とさせられることが多い。
いや、「ハッ」とさせられない作品は、残っていないはずだ。

不思議の国のアリスについては、実のところどんな話だったかよく憶えていない。日本に帰ったら早速、読み返してみようと決意。

クレオパトラの針

クレオパトラの針

エジプトっぽいなーと思ったので、近くに行ってみたら、やっぱりクレオパトラでした。
ちょっと寄り道。
針の近くに行くと、中国語でブツブツと怪しげな念仏を唱えながら、太極拳をしている中国人がいた。
やや警戒しつつ、パシリと写真をとる。
引き返してメトロポリタン美術館に向かう。

メトロポリタン美術館
メトロポリタン美術館は、野球でいうなら、チーム全員が四番バッターで得点は全てソロホームラン、見せる野球が全くできていないという感じ。
バントをする選手がいたり、塁に出ててかき回す選手がいるからこそ四番が際立つわけで、全員がホームラン打者では面白くない。
展示されている作品は全て超一流なのだろうが、とにかく展示量が多い。
多すぎる!!!
超一流の作品の大渦の中にいると、感覚が麻痺してきて良いモノも良いと感じられなくなってしまう。脇役がいない。
そしてあまりにも広い!!!広すぎる!!!
これでもかというほどに展示室があり、最後は「もう止めてくれ」という気分になってしまう。
「この先にさらに部屋があったらどうしよう」という不安を抱えながら、館内を回ることになるのは必然。

地下のカフェで、昼食をとるが、油でギトギトのサンドイッチにはやられた。サッパリとした野菜ジュースをイメージして頼んだキャロット・ジュースは、コテコテの砂糖水で駄目押しをくらった。
食に泣かされる。

メトロポリタン入口

ギリシャ

屋上

アッシリア

アッシリア

エジフト

エジフト

中央ホール

中世

ジャクリーン・ケネディ貯水池
膨大な芸術作品に打ちのめされ、頭がモウロウとした状態で、メトロポリタンをあとにした後、再びセントラルパーク内を歩く。

ジャクリーン・ケネディ
貯水池

写真は、セントラルパーク内にある貯水池。
アメリカだと当然のように人物名が名所に使われているが、日本でもこの方式を採用したらどうなるのだろう。
「鈴木宗男貯水池」とか「宇野宗佑空港」、「小泉純一郎センター・ビル」???
地名ということにちなんで、ついでに言いますが、ロシアの都市「レニングラード」がかつての名称であった「サンクトペテルブルク」に変更された。
それと同じように、「東京」をかつての名称「江戸」に戻してみてはどうだろう?「東京」という名称のおかげで、李白を含む東京人は、「私たちはかつての江戸に住んでいるんだ」という感覚を失ってしまっている。まさに歴史の断絶だ。「東京」を「江戸」に直すことで、日本の歴史がグッと身近になる気がするんだよねぇ。
外人という立場でニューヨークにいると、「日本人であるから○○なんだ」という○○の部分を常に探求しておくべきと思うようになってくる。

コンサバトリー・ガーデン
鉄道王の一族、ヴァンダービルド家にあった鋳鉄門をくぐると、庭園が広がっている。
映画「ゴッドファーザー」の一場面のような結婚式が行われていた。

ヴァンダービルド家の
鋳鉄門
庭園の一角で結婚式 庭園の中央 庭園内

ハーレム街
コンサバトリー・ガーデンから、コロンビア大学まで2kmくらいなので、歩いていくことにする。

ハーレム街

歩道からちょっと離れた車道を歩いていたら、通りかかった車にクラクションを鳴らされた。
「車道を歩いていたから注意されたのかな???」
と思って周囲を見渡すと、高い建物が急に無くなっていて町並みがすさんでいる。人通りも全く無くなり、すれ違うのはヨタヨタした黒人。
白人の姿が無くなる。
体が空気を察したみたいで冷や汗が出てくる。
来た道を折り返して、セントラルパークに戻った。
後で調べてみたらハーレムの貧困街。
良いとか悪いとかは抜きにして、社会階層ごとにコミュニティーが出来上がっていることを実感した体験でした。

自然科学博物館
コロンビア大学への道が閉ざされたので、自然科学博物館に行くことにする。

これまた展示品が膨大な博物館。メトロポリタン美術館で、脳の許容が限界に達していたので、「鑑賞する」というのではなく、館内を「完走した」という感じでした。

しかしそんな中で不意打ち的に「ラスコーの壁画」を見ることができたのはよかったです。
幼稚園の時のことだっただろうか。"たんぽぽ組"に配られる絵本の中に「洞窟探検」という本があった。「ラスコーの壁画」について書かれた本。この本が大好きで、何度も読み返した記憶がある。
同じクラスのA田聡一郎くんと一緒に、数万年後の為に絵を書いておくぞと言って、幼稚園の建物の裏に牛の絵を描いた記憶がある。
芸術品の鑑賞は、自分の過去との対話でもある。

自然科学博物館入口
セオドア・ルーズベルト像

マンモス

映画『マルコムX』に出てきた場面

メキシコ

ラスコーの壁画

クジラ


再びストロベリー・フィールド
再びストロベリー・フィールド
自然科学博物館の出口付近に、地下鉄があるのだが工事中だったので、歩くことにする。
ストロベリー・フィールドが近くにあるので、また立ち寄ってみた。
地元のストリートミュージシャンたち。
ビートルズやジョン・レノンの曲を演奏していた。
音楽は、人と人とをつなげる。

コロンブス広場
セントラルパークの南西にあるのが、コロンブス広場。
AOLセンター内をグルッと一回り。
新宿のタイムズスクエアみたいな雰囲気。
セントラルパークという公園を隔てて、環境がガラッと変わる。
さっきのハーレム街とはえらいギャップを感じた。

コロンブス広場のAOLセンター
コロンブス広場のAOLセンター
AOLセンター内

エンパイヤステートビルディング
コロンブス広場から、タクシーに乗って、エンパイヤステートビルへ。
百万ドルの夜景を目にするも、ビルの上は物凄い突風が吹き荒れていて、ゆっくりと景色を眺める場合ではなかった。
エンパイヤステートビル 百万ドルの夜景

ホテルに戻り眠る。

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