日記

日記(2007年5月〜8月)

2007/08/31(金)
『最後の晩餐』を予約

イタリア旅行に向けて、ガイドブック「地球の歩き方」を読んでいたところ・・・


最後の晩餐

ミラノの「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」にある
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』は、
完全予約制になっているということだ。
25人一組で15分の見学。一日1100人ほどしか見学できない。

『最後の晩餐』を見逃してはならん!!!
と早速予約に取り掛かることにしました。
以下のページで直接予約できるので、調べてみると
http://www.cenacolovinciano.org/
僕がミラノにいる予定の10月5日は、あと5人で締め切り・・・!!!
「間一髪セーフ!!!」。
すかさず個人情報を入力して、クレジットカードの入金ボタンを押すと・・・
「えーっ!!!画面がフリーズして動かない!!!」
もう一度初めからやってみるが、これまた画面が凍りついてしまった。

ショウガナイので覚悟を決めて、
「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」に直接電話して予約することにしました。
想定される英会話を頭の中に浮かべつつ、ドキドキしながらプッシュホンを押す・・・。
が、話し中!!!
5分後にもう一回かけるが、これまた話し中!!!
(予約を受け付ける気があるのか!!!教会の連中は!!!)

手段を変えて、チケット代行業者に頼むことに方向転換。
まずはJTBを調べると、手数料がなんと5000円(チケット代は別)、高い!!!
その他も3000〜4000円という日本での相場でした。
※ちなみに直接申込だと8ユーロ(=約1280円)。

ネット上で調べた結果、
イタリアのチケット代理店weekendafirenzeが一番安く、
http://www.weekendafirenze.com/
11ユーロ(=約1760円)で無事に予約完了。

こういう事前準備も旅行の楽しみの一つですね。



2007/08/17(金)
次はイタリア

カンボジアでのケガから復活し、
早くも次の旅行を決めてしまいました。

9/29(土)〜10/8(月)で
夏休みを取ることにしまして
イタリアに行ってきま〜す!!!

9/29…成田発
9/30…ローマ (ローマvsインテル観戦)
10/1…ローマ (ヴァチカン市国へ)
10/2…ローマ
10/3…フィレンツェ
10/4…フィレンツェ
10/5…ミラノ (ダヴィンチ「最後の晩餐」)
10/6…ヴェネツィア
10/7…ミラノ (インテルvsナポリ観戦)
10/8…成田着

予定は、ざっとこんな感じかな。



2007/08/17(木)
ギブスが部分的に外れた。

昨日ですが、ギブスが部分的に外れました!!!

歯の矯正みたいな感じで、上のハグキと下のハグキに沿って針金で金属を固定。
そして上下の金属をゴムで結んで、噛みあった状態のまま固定していました。口はずっと閉じたまま。

そして昨日、ゴムが外され、口が開く状態に!!!
ついに普通に食事ができるようになりました!!!
(金属は来週外します)

この一ヶ月間、流動食しか食べていなかったのですが、
このことにより、新たな自分を発見しました。

「食べられないというストレス」

を感じることが全くなかったんですよね〜。

もちろん美味しいものを食べるのは大好きですが
食べられないほどのマズいモノでなければ
それだけで生きていける感じです。

話は飛びますが、
ローマのカエサルも全く食にこだわりがなかったそうで、
「おお!!!カエサルと趣向が同じだ!!!」
と一人で勝手に感動しました(笑)。
※「ローマ人の物語」(塩野七生)を参照



2007/07/30(月)
キリング・フィールド

〜・〜・〜
ベトナム戦争時。
北ベトナムの進行を受けつつあった「新米ロン・ノル政権」を守るため、アメリカがカンボジア各地を爆撃。

するとカンボジア国内に、反米感情が高まって
「北ベトナムの支持を受けたポルポト(=クメール・ルージュ)」
が一気に勢力を拡大する。

そしてベトナム戦争(1975年)が終結すると同時に、
ポルポト(=クメール・ルージュ)は、プノンペンを陥落。

これでカンボジアが統一され、平和が来ると思われた・・・が、

ポルポト(=クメール・ルージュ)は、『原始共産主義』を目指し、
都市住民を全員、一人残らず、農村へ強制移住。
資本家、技術者、学者・知識人のほとんどを虐殺。
一説では170万人が虐殺されたという。
(そして後に、ベトナムとの関係からアメリカ・中国がポルポトを支援…)
〜・〜・〜

その虐殺された方たちの何万体もの骨が埋まっているのが、
キリング・フィールドです。
※詳しくは映画『キリング・フィールド』を観てください。

キリング・フィールド。(戦士慰霊塔かもしれない)

シェムリアップの町からアンコール・ワットへ向かう道中にあります。
じっくりとその場に立ってみたかったのですが・・・

3日間バイクタクシーを勤めてくれたセンさんとは、
移動中、背中越しにいろいろ話をしました。

その中で、Civil War(内戦)の話も出て来て

「子どもこの頃は、内戦で、ポルポト派と戦ったよ。人を撃つことは無かったけれど、銃を持つのは嫌なものだった」

と話してくれました。

ガイド・ブック『地球の歩き方』には、
"政治的な話題や戦争の話は避けること"
と書いてあったので、
どこまで突っ込んで話して良いのかチョット戸惑いました。

そんないきさつもあってか、
キリング・フィールドの前を通りかかったときに、
「ここで止めてください」と何故か言い出すことができず、
バイクの後ろから写真を1枚撮って、その場を後にしました。



2007/07/27(金)
ライ王のテラス

今から約42年前の1965年10月。
三島由紀夫は、カンボジアのアンコール・ワットとアンコール・トムを訪れ、
ライ王像の前で立ち止まった。

ライ王のテラス。三島由紀夫も眺めた景色。


ライ王像

そして後に書いた戯曲が『癩王のテラス』(三島由紀夫)。

ライ王は、癩病で朽ちゆく自らの身体を嘆きつつ、寺院バイヨンの完成を切に願った。
自らの精神はバイヨンにやどり、永遠に生き続けるのだという信念を持って。

「死と直面しているからこそ、寺院バイヨンの完成を切に願う」
という精神の在り方。

その一方で、小説『金閣寺』(三島由紀夫)の
「生きることに執着するからこそ、金閣寺を焼き払う」
という精神の在り方もある。

非常に対照的なアングルで書かれているところが面白い。

「自らの生と死」と「神聖な建築の完成と崩壊」の関係性。
この辺を突き詰めて考えていくと、三島由紀夫の境地に達することができるのかもしれない。

って現地は湿気と暑さで、僕の脳内はもうろう状態でした(笑)。

寺院バイヨン



2007/07/26(木)
顎を固定

昨日、病院で顎を固定してきました。
これで完全に口が開かなくなり、
流動食しか食べられません!!!
(歯の隙間から"おかゆ"は流し込める)

ここ最近、みるみる体重が減っていく!!!

つい先日、母親と妹が
ビリーズ・ブート・キャンプに入隊して
ビデオを見ながら、ジャカジャカとやっていますが

顎の固定の方が断然効果がありますねぇ(笑)。

8/15くらいまで、この状態だそうです。



2007/07/24(火)
保険証・奇跡の生還

日本に帰国しまして、病院に行こうと思ったら
・・・なんと保険証がありませんでした!!!
その他のカードは全てあるのに、
何ゆえ保険証だけが無いんだ・・・。

と、僕の人生で一生・謎のままになるであろう出来事でしたが
本日、「(金田一少年風に)謎は全て解けました」

思い起こすこと先週の月曜日
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
カンボジアの病院で治療を受けている最中に、
一番気になったのは治療費の支払いでした。

その日(2007/7/16(月))が、旅行の最終日ということもあり、
ドルの持ち合わせは$100くらい。
そして、一通り治療が終わって会計に行くと・・・$263!!!

「(うぁ〜!!!・・・ドルが無い)・・・カードは使えるか?」

と聞いてみたが、予想通り使えないという・・・。

んっ。そういえば日本円がある!!!
果たしていくら持ってきたか・・・
と恐る恐る別の財布を開けてみると・・・3万円入っていました!!!
助かったー。
ということで、両替商に直行(この間15分くらい)して換金。
$234ほどになりました。 (これで手持ちは約$334)

再び病院に戻って、支払を済ませる。

と、その時、飛行機の離陸時間まであとわずか・・・。
(って一時間半前くらいですが、かなり焦る)

再びタクシーに乗り込み、
その中で、血だらけの服を着替えたり、
荷物の整理をしたり、カードの整理をしました。

タイムリミットまであと少しという、
『ダイ・ハード』、もしくは『24(シーズンU)』の心理状態だったので
「この時に、保険証をタクシー内に落としたのかな?」
というのが、自分の中での仮説でした。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

と、日が経つこと数日。

今日(2007/7/24(火))、会社に電話がありまして
「保険証をカンボジアで見つけた」
という方から、連絡をいただきました。

5歳くらいのカンボジアの子どもが、僕の保険証を見せて歩いていたらしく、
それを見た旅行中の彼女が、「これはいかん!!」と回収してくれたのでした。
そして、僕の保険証とともに帰国。

偶然にも僕と同じ品川区の会社に勤めているということで、早速、出向いて受け取りに行きました。

彼女の会社の受付で待っていると
スラリとした品格のある美人が登場!!!
「同じ場所に行っていたんだなー」と思いながら
少し話をして、その場を後にしました。

本当にどうもありがとうございました!!!


この遺跡の入り口で子供たちの猛烈な営業に合いまして、
スカーフを買うのと同時に保険証を落としたみたいです・・・。



2007/07/23(月)
TAIZOの墓

報道カメラマン・一ノ瀬泰造を描いた作品。
浅野忠信・主演の映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』
の最後場面で次のテロップが流れてきます。

『1973年11月22日、一ノ瀬泰造は単身、アンコールワットに向かい行方不明となった。
泰造が消息を断って9年後の1982年、アンコールワット近くのプラダック村で、両親の手により死亡が確認された。』

この場所に行ってきました。
非公認ではありますが、現在、お墓が建てられています。

プラダック村から横道に入ったところ

バイク・タクシーを降りて、橋を渡る。

TAIZOの墓



2007/07/21(土)
地雷博物館

アキ・ラー氏が運営する地雷博物館に行ってみました。

地雷博物館(in カンボジア)

アキ・ラー氏は、幼い頃、ポルポトの少年兵として地雷設置に従事。
ベトナムに捉えられた後、ベトナム兵として行動。その後カンボジアに帰国。
現在、祖国の安全を願い、国内の至る所に野放図に眠っている地雷の撤去作業に取り組んでいます。

みなさんも既にご存知だと思いますが、
「地雷はあえて、人間を殺さない兵器」です。
人間の片腕や片足を奪うだけに留めます。

そうすることで、その負傷した人間の治療に、人員が割かれることになります。
結果として、例えば、その「負傷者が所属する部隊の全体的な力」が衰退するわけです。
機動力の低下とか物資の面とかですね。

皮肉なことに、負傷者を抱えるよりは、死亡してしまったほうが、部隊の負担は少ないのです。
そこを逆手にとったのが地雷です。

地雷の山

地雷の山

この博物館の周りで、手や足の無い子供たちが、無邪気に遊んでいたのが印象的でした。
日本でテレビのチャンネルをまわしていて、時折目にする光景ですが、
こうして実際に目の当たりにすると・・・言葉が出ないですね。



2007/07/18(水)
検査の結果

検査の結果、右耳の下の顎の骨が折れているのが解りました。
手術には至らず、何週間か固定する治療になるそうです。

右鼓膜の破損、右顎付け根の骨折、下顎の切り傷、歯の破損

が確定した今回の怪我でした。
現在は、右耳から耳垂れが続き、かつ、口が開かない状態。
液体状のモノしか食べられないよ〜。

さてこれから治療だ!!!

それにしても、物心ついてから病院に行くのは初めてでして、とても新鮮な気分になっています。

これを機会に、病院についていろいろと調べてみようと決意。
経営方法・運営方法・経済効果・予算・人事とかいろいろねっ。

病院については、人づてに何かと情報は得ていたのですが、今回は身をもって体験できる!!!
通院することになる「青梅総合病院」をモデルに勉強だ!!!



2007/07/17(火)
カンボジアで半日入院


東武ワールド・スクエア


アンコール・ワット

アンコール・ワットでの最終日は、
暑さと食あたりで、気を失いバタリと倒れてしまいました。
左前歯がチョット欠けて、アゴを切ってしまいました。
それだけだったら良かったのですが、左アゴを打った反動で右耳の鼓膜が破損し、耳から大出血サービス。。。アゴも陥没。。。

急遽、病院に運ばれ、治療を受けることになりました。
・・・
遠い異国の地で、わたくし、日本人が一人。
ぽつねんと病院のベッドに横になった気分は・・・

映画「ジョニーは戦場へ行った」の疑似体験みたいでした。

といっても一人だったかと言えば、そうではくて、
空港でチャーターし、その後の3日間バイクタクシーを勤めてくれたセンさん(カンボジア人)が、
日本語のわかるカンボジア人を呼んでくれたり、
タクシーを手配してくれて、とても助かりました。

カンボジアで入院するか?タイで入院するか?
という話の展開になっていましたが、
体調は悪くなかったので日本への帰国を大いに主張!!!
(それにしても医療費は非常に高かった・・・)

シェムリアップ空港まで、センさんを含む4人のカンボジア人が送ってくれて、泣く泣くお別れ。
Never forget you!. I'll never forget you!
って何度も叫んでしまいました。(生きた英語ですねぇ)

今までにない、人と人との繋がりがあった旅行でした。

そして成田に着くやいなや
そのまま地元の総合病院に直行。

脳にも骨にも異常は無し。
明日は、若干外れたアゴを直しに行きます。
(口を開けることができず、しゃべりづらい!!!)

あとは、アゴの傷と歯を治さなくては!
鼓膜の方は通常の治療でOKのようです。

カンボジアの感想は後々書いていこう!!!!



2007/07/09(月)
カンボジア大使館に行く。

本日、カンボジア大使館に行ってビザを取ってきました。

ジェイソンの朝(13日の金曜日の朝)に、日本を発ち、
夜、カンボジアに到着予定。

東京(成田)→タイ(バンコク)→カンボジア(シェムリアップ)
という経由で、アンコール・ワット入りします。

が、経由をベトナムのハノイにすればよかったな、とチョット反省。

ハノイで一泊して、翌朝カンボジアに行く予定にしておけば。。。

アジア・カップ、「日本vsUAE」の試合を現地で見られたのに・・・!!!

「日本vsUAE」は、カンボジアのホテル、
「日本vsベトナム」は、シェムリアップ空港で
観戦することになりそうだ(放送していればだけれど)。

カンボジア大使館



2007/06/20(水)
西武ライオンズvs東京ヤクルトスワローズ
延長の末、6-4でライオンズの6連勝!!!


本日も、神宮球場に行こうと早めに会社を出る。
その前に五反田の金券ショップを覗いてみると・・・。
「西武vsヤクルト」の外野自由席のチケットが
な、なんと100円!!!
(試合開始時間を過ぎていたこともあるだろうが)

昨日は「限りなく外野自由席に近い指定席」に2,600円を払ってしまった・・・。

それにしても神宮球場は、ビジターチームに対してサービスが少ない!!!
西武ドームでは、7回のラッキーセブン時に、ビジターチームの応援歌を流してますよ!
※阪神戦では「六甲おろし」が流れていました。

とは言っても、
このビジター扱いが、逆にアウェー感を際立たせているので
こういう雰囲気の中でライオンズが勝つのもいいものです!!!




2007/06/19(火)
西武ライオンズvs東京ヤクルトスワローズ
9-2でライオンズの勝利(in神宮球場)


平日、神宮球場に行くのは初めてでした。
会社から約20分と意外に近い。

今日は何と言っても「江藤」でしょう!!!
9回表の満塁ホームランは凄かった!!!

昨シーズンはどん底にあった江藤が復活。
一度落ちて、また這い上がってくる選手は、敵味方問わずに応援したくなります!!!

そういう意味では、業界は違うけれど
華原朋美や田村英里子やカイリー・ミノーグを密かに応援してます!!!

涌井のナイスピッチング

江藤のヒーローインタヴュー



2007/06/17(日)
西武ライオンズvs広島カープ
5-4で西武の4連勝!!!


本日も、西武ドームに来てしまいました!!!

今回は、僕が西武ファンということでチケットをいただけたんです。

さて試合の方ですが

5-4でライオンズの勝ち!!!
9回の裏に片岡のサヨナラ・ヒット!!!
野球ファンにはタマラナイ試合でした。

しかし、ライオンズ・ファンとしては、
昨日の12-2みたいなワンサイドゲームの方が好きだなー。

スポーツの真剣勝負の場に立ったことのある人ならわかると思いますが
どんな試合であれ、勝てるのならば1点でも多く取って勝ちたいですよね?

そんな感覚に似た感じで、ライオンズ戦を観戦しています!!!

※個人的に、しばらくスポーツの真剣勝負の場に立っていないので、青梅市大会に出てみようかな〜。
(かつて青梅市で優勝経験有り(中学の部))



2007/06/16(土)
西武ライオンズvs広島カープ
12-2で西武の3連勝!!!


ライオンズの打線が大爆発。
非常に気持ちのいい試合でした。
(黒田を打ち崩したのは大きい)

江藤vs黒田

レフト側はカープファンでいっぱい!

試合終了後、
ライオンズのユニフォーム姿のまま
気のおもむくままに、テクテクと町を散策。
すると目の前に、ちょいとお洒落な建物が・・・。

おおっ!「国立音楽大」ではないですか!(玉川上水駅の近く)

「国立音楽大」と言ったら、秋川雅史さんの母校。

先日、ある番組で、秋川さんが母校を訪れ、学生時代を回顧し

私の〜お墓の〜前で、泣かないでください〜♪(千の風になって)

と歌う企画があったんですよね。

この映像と歌声が自然と頭の中に浮かんできて、
何だか得した気分でした。

何気なく目にして
何気なく記憶して
その映像が何気ない行動をキッカケにして
フッと脳内全体によみがえってくるのは
とても気持ちいいものですよね。

気が付いたら「国立音大」の前にいた。



2007/06/14(木)
西武ライオンズvs阪神タイガース
4-3で西武の勝利!!!


木曜日も西武vs阪神を観に行く予定で
前売りチケットを買っていたのだが

会社の会議が終わらず、
あえなく会社のデスクにて
ラジオを聴いていました。

ラジオはめったに聞かないのですが
久々に聞いてみるのもいいですね。

ライオンズナイターだったのですが
ゲストの"西川のりお(阪神ファン代表)"が
爆裂トークを繰り広げていて非常に楽しかったです。

後で気が付いたのですが、
ワンセグってやつで生放送が見られたのかな?
ワンセグって何だろ?



2007/06/13(水)
西武ライオンズvs阪神タイガース
7-0で西武の勝利!!!

18:00に仕事をあげて、池袋に行き、西武線に乗る。

本日は阪神戦ということなのだろう。
僕と同様、仕事を早めに切り上げたであろうサラリーマンが
西武線車内の至るところにいて、関西弁で駄弁っている。

これぞ阪神ファンだという風貌が目立っていました。
(若干ガラが悪い雰囲気の人たち(笑))

そして球場に到着・・・。 試合の状況は・・・。

おおっ!!!5-0でライオンズが勝っている!!!


その後も終始、ライオンズの優勢で試合が進み、
そのままゲームセット。
10連敗で止まりました!!!

明日(6/14)も応援に行くことにします!!!

それにしても、西武、阪神ともどもチーム状態は非常に良くない。
(ライオンズは今日の試合で良くなるキッカケをつかんだと思う)
両チームとも松坂・井川と絶対的エースが抜けた後を、上手く補強できていない感じだ。

こと阪神に至っては、先発投手って誰がいるの?
と聞かれて、即座に答えられる人は少ないんじゃないかな〜。

それはともかく、7-0で負けているにも関わらず、
9回の表に大声援を送る阪神ファンには、球団愛を感じました。
ファンあってこその阪神ですね。

岸・中島のヒーローインタヴュー



2007/06/12(火)
西武ライオンズvs阪神タイガースに行くぞ!!!

明日・明後日は早めに仕事を片付けて
グッドウィル・ドームに行くことにしました。
(不吉な球場名だ・・・)

現在、西武ライオンズは10連敗中。
何とか明日、負の連鎖を断ち切ってほしい!!!

西武vs阪神といえば、忘れもしない。
僕が小学校4年生の時の日本シリーズ。

第6戦
ライオンズ最後のバッター金森(だったと思う)の打ったゴロを、
ピッチャー・ゲイルがキャッチ。
一塁のバースに送球されて阪神の優勝・・・。

その瞬間、もの凄〜く悔しくて
涙がポロポロとこぼれてきた記憶があります(笑)。

それ以来、阪神は一番嫌いな球団です!!!(笑)。

※先日、この話を阪神ファンの友人に話したところ、
阪神ファンも優勝の瞬間、号泣していたそうです(笑)。



2007/06/02(土)
西武ライオンズvs読売ジャイアンツ

西武ライオンズvs読売ジャイアンツ
(in グッドウィル・ドーム)を観に行きました。

それにしても今年の巨人は強い。これでイ・スンヨプが復調してきたらダントツで首位を独走するであろう。

ライオンズはというと、GG佐藤とカブレラでしか点が取れない感じです。
あと中島が少々。 その他は本塁打0本と何とも迫力に欠けてます・・・。

高橋由伸のタイムリー、二岡の3ラン(1000安打)で逆転された・・
ヒーローインタビューは二岡。




2007/05/23(水)
後半(青梅FC試合ルポ4)

後半開始から10分ほどは、膠着状態。
岡山選手Jが投入された。
そして62分。その岡山選手Jの走り出しと、パスのタイミングが完璧に合い、
ディフェンスのプレスを背に請けながらもシュート!!! ゴール!!!
最初のボールタッチがゴールという、まさに采配が的中。

勢い付いた青梅FCは前ががりになり攻勢に出る。
しかし得点に結びつかない。
と、そんな中73分、右サイドを相手FWの個人技で崩され失点・・・。

その3分後。青梅FCの左サイドでフリーキックを得る。
キッカーは須貝選手I。
ゆったりとした山なりのボールがゴール前にあげられた。
ボールの落下地点で、数人の選手がジャンプして競り合う。
その中で釣谷選手Dが捕らえたボールは、
ゆっくりとした方物線を描きながらゴールに吸い込まれていきました。

サポーター一同大興奮!!!
相手サポーターもこれはいかんということで、応援を始めた。


その後の3分間。信じられない展開に。
青梅FCの右サイドMF・池田選手Rの顔面にボールが直撃してしまい、ピッチの外へ。

人数の少なくなった青梅FCに対して、クラブドラゴンズは、右サイドから一気に攻撃をしかけてきて、あっという間の2失点・・・。

そして、そのまま試合終了。

やはり課題はディフェンスですね。



2007/05/22(火)
前半(青梅FC試合ルポ3)

試合開始から4分ほど経っていました。
ゴールネットの裏を通り過ぎる時に、写真を一枚撮る。
と、その直後、キーパーと1対1になり、交わされて、早くも失点・・・。
立ち上がりのディフェンスとキーパーの連携が上手くいっていないところを衝かれ、
不意打ち的な失点。


その後、クラブドラゴンズの猛攻が15分くらいまで続くが、
青梅FCのディフェンス陣は持ち堪える。

その後、流れは膠着状態になり、前半終了。

ただ青梅FCの右サイドを崩される場面が多く、
これが後半の失点の伏線になっていたと思う。

攻撃面では、栗原選手Oの飛び出しと、パスの出し手のタイミングが合っておらずチグハグな印象でした。
キープ力のある大塚選手Eがボールを持ったときの、周りの選手の動きも同様。




2007/05/21(月)
流通経済大学へ(青梅FC試合ルポ2)

牛久大仏から車で15分ほど走ると、
流通経済大学が見えてきました。
正門から入り、教職員専用の駐車場へ駐車。

さてグラウントはどこだろう?と
試合開始らしきホイッスルの笛の音が聞こえた。
と同時に
「青梅FC!!!・青梅FC!!!・青梅FC!!!」
という応援が聞こえました。

その方向に歩いていくと・・・
なんと校内に釣堀があるではないですか!!!
のどかな雰囲気。
流通経済大学 校内に釣堀!!!



2007/05/20(日)
牛久大仏へ行く(青梅FC試合ルポ1)

朝8時に家(青梅)を出て、圏央道を走り、茨城県を目指す!!!
高速道路を走るのは初だったので、かなり緊張しました。
(教習所では、高速教習はシミュレーター)
70〜80Kmのペースで、左側斜線を走りました。
追い抜かれた台数は限りなし、追い越したのは1台も無し・・・。
2時間くらい走り続け、阿見東インターに到着。

料金所を出ると眼の前に「牛久大仏」が・・・!!!


先日、深夜番組「タモリ倶楽部」で、
『全国大仏選挙』が開催されていました。
日本の3大・大仏を決定しようという企画です。
選挙戦の結果は、
開票開始と同時に「奈良の大仏」と「鎌倉の大仏」に当確。
その他は横並び。

その他の中に「牛久大仏」が出てきていたので、
青梅FCの試合(in流通経済大学)を見に行く前に、
参拝することにしたわけです。

印象としては・・・
・高さ120mと大きいのだが、周りに比較するものがないので、大きさを感じない。
・バブル期に建造されたので、バブリーなイメージ。
・大仏までの演出がない。
「奈良の大仏」というと、奈良公園を通り、鹿と戯れ、南大門を恐れながら通過。そして東大寺大仏殿の壮大さに圧倒されつつ、近づいていくと、大仏様がデーんっとお座りになっている!!!
参拝するまでの演出が完璧!!!
それに比べて、牛久さまは、周りのアシストが無いので孤立している感じでした。(実際、孤立されています)

さて参拝も終了し、いざクラブドラゴンズ戦へ向かう。



2007/05/15(火)
アンコール・ワットへ行く

以下のプランで、カンボジアのアンコール・ワットに行くことにしました。

7月13日(金)…成田発→タイ(バンコク)→カンボジア(シェリムアップ)
7月14日(土)…アンコール・ワットを巡る。
7月15日(日)…アンコール・ワットを巡る。
7月16日(月)…午後・カンボジア(シェリムアップ)発→タイ(バンコク)発
7月17日(火)…早朝成田着で会社へ直行。

現在「地球の歩き方」を精読中。
叙事詩「ラーマーヤナ」と「マハーバーラタ」も購入!!!



2007/05/14(月)
「Heroes」(デヴィッド・ボウイ)

高校1年生の夏、学校の帰りにそのまま西武球場へ。
西武vs日本ハムの試合でした。

その後、1年B組の連中がマージャン大会をしているということで深夜に合流。
6畳の部屋に10人ほどのスシ詰め状態で牌を打っていました。

その時、一晩中延々と流れていた音楽は、
B'zの「Risky」というアルバムでした。
その中の一つの曲に
「そういえば、デヴィッド・ボウイ貸したままだね」
という歌詞orセリフがありました。

デヴィッド・ボウイとは、どんな人物なんだろう?
と思い続けること15年。
先日、NHKの「3ヶ月トピック英会話」で
デヴィッド・ボウイが取り上げられていました。
曲目は「Heroes」。
ベルリンの壁について歌っている政治的な歌。

ベルリンの壁は1989年に崩壊、
ドイツ再統一は1990年10月3日
中学の修学旅行の初日、
担任の先生が「ドイツが統一した!!!」と騒いでいたので、
日付も鮮明に覚えてます。

自分の記憶を呼び起こしてくれる曲は、
例外なく名曲ですね。
ということで、記録を残しておく意味も込めて
レビューを書いてみました。



2007/05/08(水)
法律で決められています。

先日、ふとテレビをつけると、
松岡農水大臣が『事務所・光熱水費問題』の答弁をしていました。

・・・「現在の法律の下で適切に処理した」と発言。

これを聞いて、『希望の国のエクソダス』(村上龍)のある場面を思い出しました。
――――
不登校の中学生が、国会の証人喚問に呼ばれて、政治家に質問されます。
「なぜ、中学校に行かないのですか?」
その中学生は、政治家に返します。
「なぜ、中学校に行かなくてはならないのですか?」
政治家は、顔をこわばらせ
「法律で決められているから、行かなきゃならないんだ!!!」と発言。
それを聞いた中学生は
「コミュニケーションが成り立たない・・・」
と言葉を漏らす。
――――

「法律で決められている」という言葉は非常に便利ですね。
問題の本質を回避し、それ以上の議論をさせないために非常に有効。




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