日記

日記(2006年1月〜4月)

2006/04/21(金)
モンテカルロ法

僕が勤めている会社の部署では
統計用語が日常会話のように飛び交っており
僕には理解不可能な用語がままあります。

その中の一つに「モンテカルロ法」という用語があったのですが、
昨夜、たまたま付けていた深夜テレビでわかりました!!!

「モンテカルロ法」の基本は以下のような感じです。

問題
10分のファッションショーで水着モデルが登場するのは1分間
カメラマンが撮影できるのも1分間
カメラマンが水着モデルを撮影できる確率は?
ただし水着モデルはショーのどこで登場するかわかりません。

今日は会社内で、いろんな人に説明しまくりました!!!
皆さんの意見としては、
「自分から言い出さずに、たまたま質問されたときに、数式も踏まえてサラリと答えるとカッコいいぞ!!!」
ということでした。

限りなく確率はゼロに近いだろうが、
今後日常生活の中で「モンテカルロ法って何???」
と聞かれる機会があることを期待。。。



2006/04/19(水)
フジ子・ヘミング ソロコンサートに行く!!!

東京オペラシティーに行ってきました。
東京オペラシティー・タケミツメモリアル

後半のリストは、かなりノッてきたみたいで最高の演奏でした。
会場全体が熱くなってましたね。

ヘミングさんは、若き頃ウィーンのコンサートで注目を浴び、
さぁいよいよヨーロッパで活躍!!!
・・・というところで、不遇の病気にかかってしまいました。
ピアニストとして華やかな時期を経ることなく
世間から忘れ去られ、数十年を過ごしていました。

そんな過去があるからこそ、
『演奏に込められた思い』が会場内にズシーンと響いていました。
演奏家って過去にどんな経験をしているかが非常に大事ですね。
(演奏家にかぎらないけれども)



2006/04/16(日)
第8回モントレイル青梅高水山トレイル・ラン完走

高水山は、青梅育ちの人ならば超お馴染みの山。
僕も当然ながら、小学校、中学校と遠足で登りました。
そして月日は流れて十数年。
まさか駆け登ることになろうとは・・・!!!

途中で何度もリタイヤが頭をよぎりましたが、
何とか完走しました。
(って言っても山中だからリタイヤしようがしまいが同じ。逃げ場がない!!!)

『行きは15キロ』で「頂上の御堂」が折り返し地点。
"お守り"を首に掛けてもらう仕組みになっている。
そして当然『帰りも15キロ』。
合計30キロのコース。
2006年4月2日に行われました。

さてレースの途中で思った事・・・。
場面は「頂上の御堂」。
リング・らせんの貞子のように山道を這い上がりながら頂上に到着。
お守りを掛けてもらおうと係りの人に近づくと・・・。
「僕の叔父さんの高校の同級生のAちゃん」であった!!!

『おう!!! あと半分だぞ!!!』と声をかけられた。(青梅は狭い)
「高水山のお守りはご利益があるから完走できるよっ!!!はっはっは(笑)」
と続いて一言・・・。

「ご利益があるのなら体力を回復させてくれ〜」
と思ったが、いやいや確かに高水山はご利益があるのだ。

僕の祖母の妹の旦那であるYさん(78歳)は、
毎年、高水山に登ってお参りをしている。

Yさんは、戦時中の当初、満州に派兵されていた。
その後、満州からインドシナに行くため輸送船に乗る。
その航海の途中で、アメリカの潜水艦に見つかり撃沈。
どこにも逃げる場所はない。
兵士は次々と大海に飛び込んだ。
Yさんも飛び込んだ。
船は真っ二つに割れて沈没。
船が沈むと同時に海面に大きな真空状態ができ、
その真空を中心に ”巨大な渦”が発生した。
周りのモノを全て飲み込んでいく。
兵士たちは渦に巻き込まれ、
凶器と化した瓦礫が身体に突き刺さり、
次々に命を落としていったという。
Yさんも渦に巻き込まれ、
鋭利な瓦礫が胸に突き刺さった・・・。

が、Yさんは胸に「木の御札」を入れていた。
この札があったことで、心臓を貫かれずに済んだという。
そして渦は治まる。
Yさんは呆然としながら、大海の中に浮かんでいた。

そう!!!この「木の御札」は、
Yさんが出兵する前日にお参りした
高水山の御堂で受け取った御札だったのだ。

戦時中の極限状態に比べれば、
登り下りの30キロなんて大したことないなと思い、何とか完走。
ご利益あったか・・・。

その後、Yさんはどうやって日本に帰国したかというと・・・。



2006/04/15(土)
アフリカを命名すべし!!!

最近、大関「琴欧州」をポスターでよく目にする。
今後、外国人力士が続々と誕生してきたら
どういう四股名が登場するのだろう。

今回は、ヨーロッパ出身だから「琴欧州

ということは、

カナダorアメリカだったら、当然「琴北米
メキシコorカリブだったら「琴中米
ブラジルorアルゼンチンなら「琴南米
オーストラリアは「琴豪州」(響きからして強そうだ!!!)
イラク・サウジあたりだったら「琴中東
フィリピンorインドネシアなら「琴亜細亜

という感じになるのかな。

で、ここで一つ気になったのが
エジプトとかルアンダ、コートジボアール出身だったら
どうするのかということだ。

アフリカという地域を示す日本語って何だろう???

もしかしてないんじゃない???

う〜ん。
それだけアフリカ諸国と日本との付き合いの歴史が浅い
ということなのか。



2006/04/14(金)
結婚式で度肝を抜かれた歌

先日、従妹の結婚式がありました。
披露宴では、新郎新婦の親戚・友人らが歌を歌っていました。

年配の方は「わ〜れはゆくぅ〜」と昴(すばる)を歌い、
男の友人は、ウルフルズの
「イェ〜い、君を〜好きでよかった」を歌い、
女の子の友人は、中島美嘉の曲を歌っていました。

う〜ん。不満を言いたいわけではないけれども
もう一つインパクトが足りなかったんだよねぇ(笑)。

今まで僕が一番度肝を抜かれたのは、
高校の友人の結婚式二次会でのこと。

当時の担任のS先生。
マイクをつかむやいなや、
いきなり生声で『琵琶法師ならぬ平家物語』を歌いだしました。

この予期せぬイントロに会場内はフイを突かれた感じでした。
そして二小節ほど歌いあげたあたりでパラパラと手拍子が始まる。

・・・手拍子がまとまりはじめるやいなや、

S先生は「手拍子はいらない!!!」と間髪いれずに一言述べ、
手拍子ではもはや追いかけようもないほどの
アップ&スローのテンポで『平家物語』を歌い挙げたのでありました。

いや〜度肝を抜かれました。

ということで、僕も結婚式で歌を歌う場合は、
会場全体の度肝を抜いてやろうと決意しました。

予定曲目は 「幸若舞・敦盛」
「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者はあるべきか。」
という歌詞です。
織田信長が好んで舞った曲。

早速、黒澤明の『影武者』を買い、
「武田信玄が世を去ったと聞いて、織田信長が『幸若舞・敦盛』を舞うシーン」
を繰り返し見て、振り付けの練習しています。

歌いだしは、現代版に改めて「人間80年・・・」で始めようと思ってます!!!
こうご期待!!!(って誰が)



2006/04/13(木)
貸した金返せよっ!!!

「カイジ−賭博黙示録」(福本伸行著・ヤンマガKC)
を読んでいて、
その中で相手の親玉が次のようなことを言いました。

『借金した者が債権者に誠意を見せるということは、期限までにキッチリと金を返すことだ。』

うーん。まさに正論だ。当たり前の話だ。

また、現在「ナニワ金融道」(青木雄二著・講談社漫画文庫)
を読んでいまして
ウルフルズのトータス松本の陽気な歌声が頭の中から離れない!!!

「貸した金返せよっ♪貸した金返せよっおっ♪」

ということで、利息はついてはいなかったのですが
毎月支払っていた奨学金を一括で払ってしまいました。

完済してみると、非常に清清しいもので
何をするにおいても
「借金があるぞー」というささやきが常に心の中にあったのですが
今日でおしまい!!!

「これで人生において次の手が打てる!!!」
って感じです。



2006/04/11(火)
BonJoviのコンサートに行ってきました。

BonJoviのコンサートに行ってきました。

水道橋駅を降りると、人がいっぱい!!!
久々にバッタもののTシャツとかマウスパッド
重低音で「チケットあるよ〜」と連呼するダフ屋を目撃しました。

東京ドームに向かう橋を渡ろうとすると
BonJoviのコンサート

目の前にJRAがあるではないですか。
「ふーん。ここにも馬券売り場があるのか」
と思って歩き進んでいくと
ドームに続く道を挟んだ馬券売り場の反対側に
キャッシングATM群がズラリ。
まさに
「カイジ−賭博黙示録」(福本伸行著・ヤンマガKC)
の世界だ!!!
借金をして馬券を買いに行くマネーの道。

We've got to hold on ready or not
You live for the fight when it's all that you've got
「覚悟できたってできなくたって、戦うしかないのさ、他には選択の余地はないのさ」
(Livin' On A Prayer より)

っていう気分なんだろうなーと思って、
東京ドームに向かいました・・・。



2006/04/09(日)
小田原城に行く!!!

『徳川家康』(横山光輝)読んでいたところ、秀吉の「小田原攻め」が出てきました。
小田原城
天守閣からの眺め
一夜城方面

小田原ならば日帰りできると思い、花見も兼ねて足を運んでみることにしました。

ここがいわゆる小田原評定の場所か!!!

ご存知のとおり「いつになっても結論の出ない会議」を小田原評定といいます。

会議の仕方で、ホントその組織の行く末が決まりますよね。

人間関係バランス上、黙っているしかない会議は耐えるしかないけれども、

僕が主導で進められる会議は、なるべく短時間で終わるように心がけてます(早く終わればいいってものでもないけど)。

要は単純に、『現在の状況はこうだから、これをいつまでにやる』ってことを決めるだけだし、
会議に労力を費やすより、会議で決まったことに労力を費やした方がいいからね。



2006/03/28(火)
VISA T.O 大勢待

ゴールデンウィークはロンドンに行くことにしました。
となったらプレミア・リーグは絶対に見逃せない!!!
早速ホームページを検索してチケットの入手を試みました。

アーセナルかチェルシーの試合を手配したかったのですが、
ワールドカップ前の最後の試合ということで、
チケットは年間会員のみに限定されていました。

うーむ。ショウガない。
ビッグクラブの試合はあきらめて中堅クラブの試合にしよう。

稲本がかつて所属していた
フルハムの公式ホームページへと進んみました。

英語を解読してページを進む。
『2006/5/7(日)のフルハムVSミドルスブラ』
のチケットが買えるようだ。

ワールドカップで日本が対戦する
オーストラリアのFWビドゥガがいるし、
事前の偵察にはもってこいだろう。
(って俺が偵察してどうするねん!!!)

チケット購入画面に行き、
クレジットカードの支払い画面に進み、
いろいろと項目を入力しました。

その中にCardholderという欄がありました。
「カードの保有者は誰かってことね。ふむふむ」と思い、
要求されたことを入力しました。

指示@"Title"を入力しろとのことだ。
「カードのタイトルね。VISAに決まってんだろ!!!」
念のためgooの辞書でTitleを調べて、
日本語の意味は”題名”であることを確認しました。

次にA"initials"を入力せよときた。
「僕のイニシャルはT.Oだ」
よってT.Oと入力。

最後にB"Surname"を入力せよときました。
「はい、苗字ね。大勢待ですよ」と思い"大勢待"と入力。

その他、住所やら生年月日やらを入力して、
ネット購入が終了!!!
無事にフルハム戦のチケットが手に入りました。

そしてすぐにフルハムからチケット確定の
返信のメールが届きました。
が、最初の書き出しに目が点になる。

Dear VISA T.O 大勢待



2006/03/27(月)
マティスの『赤い部屋』

部屋の雰囲気を変えようと思い立ちました。
部屋のイメチェンならば、ベッドカバーを変えるのが一番です!!!
ということで早速買いに行きました。

店内でいろいろと鑑定。
色鮮やかな赤のベッドカバーが目に留まりました。
よしこれだとヒラメキ、買って帰ります。

しかし・・・よくあることですが、店内では色鮮やかな赤も
家に持ち帰るとドギツイ赤に変色していました。
店では確かに綺麗な赤だったのにね・・・。
まっ、店内と自宅とでは照明の質が違いますから・・・。

そしてベッドカバーがドス赤く光っている部屋を
妹に見せてみると、当然のごとく
「趣味が悪いー!!!」と返ってきました。
そりゃそうだ。
緑のカーテンと赤のベッドカバーの取り合わせが最悪・・・。

しかし、その夜のあるテレビ番組のおかげで事態は一変する。
NHKの『ニューヨーク近代美術館MoMa』の特集。

その中で、アンリ・マティスの「赤い部屋」(1911年)
が画面に登場しました。

その瞬間、見てビックリ!!!
描かれている部屋の間取りが、
僕の部屋とウリ二つでした。
そしてMoMaの学芸員の解説が続く。

『色彩の魔術師マティスが、フォビズムに反動し穏やかで精神的な世界の絵を描き始めたころの作品です。その最も良い例がこの「赤い部屋」です。もしこの緑のカーテンがなければ、この赤はどう見えるでしょうか?緑の色が赤を濃くしているのです。色は単独では存在せず、周りの色によって全く違ってくるのです。赤のスペースが屋内の空間であることがわかるのです。・・・』
などなどと。

なるほどねぇ。
自分の部屋はマティスの「赤い部屋」と化していたのか!!!

この番組はDVDに録画してあったので早速、妹に見せて
再び僕の部屋を、見せると・・・
「うーん、確かにマティスの赤い部屋だ。色彩がいい」
と答えが返ってきました。

人間の感覚は、一瞬の内に変わってしまうということを
改めて実感しました。まさにコペルニクス的転回!!!



2006/03/19(日)
WBCとフジコ・ヘミング

日本は、WBC準決勝で韓国を破り
3月21日の決勝戦に進むことになった。
「よーし、明後日もテレビの前で応援するぞー」
と思った瞬間。

3月21日(火)は、
フジコ・ヘミングのコンサートに行く予定
であることを思い出しました。
今を輝くピアニスト・・・チケット入手は非常に困難・・・。
そんな中で抽選を突破し入手したチケット・・・。
演奏開始は14:00・・・。

えっ、終盤の7・8・9回あたりに当たるじゃないか!!!
一番手に汗握る時間帯を
東京オペラシティの観客席で過ごさねばならぬのか!!!
これではオチオチ、ラ・カンパネラなんか聞いていられない!!!

と思い、確認のためホームページで調べてみると・・・
何と!!!
「フジコ・ヘミングさんの怪我の為、公演が延期され振替公演日程は2006年4月19日」
になっていました。

約1ヵ月の延期だから、
そんなに大きな怪我ではないのかな。

実は、フジコ・ヘミングさんもWBCが気になっていて
「WBCの決勝戦をしている最中では、
気になってラ・カンパネラを引いているどころじゃないわ」
ということで、延期にしていたりして・・・。



2006/02/09(木)
ムハンマドの風刺漫画

ムハンマドの風刺漫画に対する抗議デモが
イスラム世界各地で起こっている。
たった1コマの風刺漫画が火種だ。
メディアがピックアップして大火事なってしまった。

本当に馬鹿げた話しだ。

一方で、イスラム世界も過剰に反応しすぎだとも思う。
カチンと来るのはわかるけれど、
デンマークやフランスの国旗を燃やすのは、失礼極まりない。

もし僕がイスラムの指導者であるならば、
ムハンマドの風刺漫画に対抗する形で
イエス・キリストの風刺漫画を全世界に発表する。

そして
「いゃ〜風刺漫画って本当に面白いですね(水野晴男風に)」
っていう感じの雰囲気を世界に広めて
おしまいにするんだけれどもなぁ。

この方が、イスラム教ってシャレも分かるし、
ふところの広い宗教だって
株を上げることになるのに・・・。



2006/01/17(水)
石田三成 『再び戦乱の世にしたくない』

DVDプレーヤーに撮り貯めしてあった中の一つ
『その時、歴史が動いた』を観ました。

なぜ、関ヶ原で戦ったのかという問いに対する
西軍大将・石田三成の談話は次のとおりだったという。

『再び戦乱の世にしたくなかった』

本当に皮肉なことだなと思いました。

戦乱の世にしないために、戦争を行うという矛盾。

これは誰もが痛感することだろう。
そしてさらに思ったのは、

歴史の結果論にすぎないかもしれないが、
東軍の徳川家康が勝って本当に良かったなということだ。

徳川家康は、260年間も続く戦争のない日本を作り上げた。

反対に、もし石田三成が関ヶ原で勝っていたとしたら、
外様大名たちが騒ぎ出して、
再び戦国時代に突入していたような気がする。

厳しい言い方になってしまうが、
『再び戦乱の世にしたくなかった』という思いと
当人の器量とが空回りしてしまい、
結局のところ、戦乱の世を導いてしまうのだ。

これは、マーフィーの法則みたいなもので
いつの時代にもおそらく当てはまる。

例えば、現在。

『日本の政治を良くする』

と意気込んで政界に入ったものの
その当人が政界にいるおかげで、
全く日本の政治が良くならないという事態が存在する。

当人の言っていることは、正しいことばかりなのだけれども
誰も人がついてこない。物事が動かないのだ。

たとえ良い理念を持ったとしても、器量しだいでは
周囲に被害を振りまく人物になりえる。

といったところかな。



2006/01/11(水)
みたけ山山岳マラソンとTOYOTAカップ

先月の話になりますが、
みたけ山山岳マラソン

某日曜日の午前中に
みたけ山山岳マラソン
に参加しました。
朝9:30にスタートして、
頂上の御嶽神社までの約15Kmを
一気に駆け上ってきました。

山頂に近づくにつれて、
道はまさに山道となり、
辺りは雪景色となって、
寒くなるは、スタミナは切れてくるはで、
毎回のごとくなんだけれども

「あーあ。何で申し込んでしまったんだろう。
何で僕はこんなところで走っているのだろう」

という考えが頭に浮かんできてしまいました。

他の人たちは、疲れた時は何を考えているのかな?

今回、疲れを紛らわすため、走行中に想像したことを
3つほど書いてみます。

@まず一つ目
映画「ランボー」で、ランボー(シルベスタ・スタローン)が保安官たちから逃走し、冬山を駆け巡るシーンがあります。
この場面を頭に浮かべながら"ランボーのテーマ曲"を頭の中に鳴らして、ランボーになりきって走りました。
これはなかなか勢いがつく。

A二つ目
ナポレオンが試みたロシア遠征は冬将軍のため、大失敗に終わりました。
コサックの追撃を逃れながら雪道をひた走るナポレオンの軍勢。
足を留めたら命はない。
と、辺りの景色が雪になるにつれて、
「僕は今、19世紀半ばのロシア領内から敗走している!!!足を止めたらコサックにやられる。死が待っているぞ!!!」
と、自分に思い込ませて走ってみました。
とてもスリリングな経験でした。
(先々月、パリに行ってナポレオンのお墓参りをしていたことが複線だと思う)

B三つ目
爆笑問題のススメという番組で、雀師の桜井昌一さんは人生で一度も負けたことがないとおっしゃっていました。
その理由は
「僕は、休みの日はいつも、山とか海とか自然の中に身を置いている。自然から力をもらって感性を磨いているんだ。だから絶対に負けないよ」
という内容でした。
いやー。まさに極寒の中を走っているわけで、
感性も磨かれるし、勝負ごとにも負けなくなる!!!
なんて考えたら、楽しく走れました。

完走後の旅館での一風呂は、チョー最高。
来年もまた出場しようかな…。

15:00に帰宅して、着替えて夜は国立競技場へ。

TOYOTA CUP
TOYOTA・CUP
アルイテハド VS アルアハリ


行ってきました。TOYOTA・CUP。
世界一クラブ決定戦の第一回大会の初戦。
サッカーの歴史を理解している人ならば、絶対に見逃すことはできない試合でしょ。

両チームとも母国では、毎回スタンドを超満員にする凄いチーム!!!
Jリーグのどのチームも適わない
実力を持ったチーム同士の対戦。
リバプールFCとサンパウロFCを除いたら、
2005年に日本で行われる最高の対戦カードである。
全世界にも放送される。

しかし客席はガラガラ。。。

僕の隣に座っていたサウジアラビア人は、
今日の試合を観るために、はるばる日本に来たという。

歴史的にも実力的にも最高峰の試合であるというのに観客席はガラガラ。

今大会のホスト国の日本人として、
世界のサッカーファンに対して恥ずかしさを感じてしまった。




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