日記

日記(2004年9月〜12月)

2004/12/31(金)
さらば2004年

来年はいよいよ飛躍の年だー。



2004/12/22(水)
"義と理と法"ってなんだろ???

「竜馬がゆく」第二巻のp157ページで
やっと"司馬遼太郎の坂本竜馬"が発言らしい発言をしました。
が、しかしこれはいかんぜよー。

まずは、"司馬遼太郎の坂本竜馬"の発言を抜粋。

武士の剣には、千年のあいだ、というものについて考えぬいてきた義と理と法が背景にある。つまり武士道というものだ。これだけが世界にほこるべき精神の巨獄だとおもえ。武士はそれによって人を斬り、ときにはおのれを斬る。」

うう。あまりよく意味がわりません。

こんな風に言い換えた方がいいかも。

武士の剣には、千年のあいだ、というものについて考えぬいてきた義と理と法が背景にある。僕なりの解釈だけれども、社会には思想の潮流が二つある。生命以上の価値が存在する、という説と、生命に優るものはない、という説とだ。武士は、命以上の価値があると心底に思った時に人を斬り、ときにはおのれを斬る。



2004/12/19(日)
ボーリング大会に参加!!!

今日は、地元の衆議院議員さん、市議会議員さん、秘書さん、そして僕を含む後援者の方々の計35名で、忘年会かつボーリング大会でした。
2ゲームで合計299

自分のがんばり次第で順位が出る境遇は久々。
僕は、順位が出るとなるとかなり燃える派で、とにかく真剣に1球1球投げました。
第1ゲームが終わった時点で、スコアは147。
まわりを見渡すと、上位2人はスコア200付近という別次元にいたので、3位狙いに切り替えました。
そして第2ゲームも終盤に来て、第10フレーム。
ど真ん中にある1ピンを倒してスペアを取れば3位に食い込める。
というところで、かなりプレッシャーが掛かってしまい、悲しくもボールは左に反れて万事休す。
スコア152で、合計299でした。35人中6位でフィニッシュ。
ちなみに6位の商品は「久保田の酒」で、個人的には断然うれしいご褒美でした。
真剣にやれば、結果が不本意でも、得るものはある(笑)。



2004/12/18(土)
忘年会シーズン

今日は、会社の仲の良いもの同士で忘年会。
以前(2004/8/8)一緒に早朝座禅に行った上司の家。
場所は東急東横線日吉駅の慶応大学前からバスで10分ほど。

会社を首になっちゃった京大出身で趣味が物理のT橋くんとも久々の再会。
一年半ぶりくらいかな。
会うやいなやバカ話が延々と続いて(笑)、
気がついたらテキーラのボトルが空き、
目が覚めたら朝になっていた。

記憶に残っているのは
「日本円を落としてくるのは不服だが、来年はワールドカップ予選にかこつけて北朝鮮に乗り込もう。そして拉致被害者を救いに行こう!!!」
とかいう話だったか。。。



2004/12/17(金)
久々に麻雀

会社の上司に誘われ、久々に雀荘にやってきました。
品川の雀荘

マージャンなんかで時間を浪費するなと思うなかれ。
「運の流れを体感する」
という点において、このマージャンに勝るゲームはない。
運が向いている場合は、面白いように上がれるし、
運が向いていない場合は、いくらあがいても上がれない。
そしてそこには、牌を選択する個人の自由意思も存在している。
「運と決断の攻めぎわい」
小さいながらもこういうスリルを半年に一回くらいは
感じてもいいはずです。

ちなみに今日の戦績は、2位でありながらもマイナスという
一人勝ちを許してしまった展開でした。



2004/12/15(水)
トヨタカップから世界クラブ選手権へ

トヨタカップが終焉し、来年度から世界クラブ選手権が始まる。
欧州と南米のみの時代は終わり、
そこにアジア、アフリカ、北中米、オセアニアのクラブが加わる。
まさに世界一を決定する大会だ。

「鹿嶋アントラーズvsレアル・マドリード」や
「浦和レッズvsリバープレート」

という組み合わせが実現する可能性があるのだ。
親善試合でもなんでもなく真剣勝負の舞台で。

こうなると是非とも、僕の住む地域にもJリーグのチームがあってほしいと思うようになってしまう。
ユースチームからJリーグまでの一貫したクラブ組織を作りたい。
姉妹都市ボッパルト(ドイツ)とサッカーの交換留学を行ってもいいだろう。
そして地元で育った選手が活躍して
、レアル・マドリードを破り、クラブ世界一のタイトルを獲得する!!!
夢のある話だ。

僕が住む地元のサッカーチームは、
実力的にはJFLに入れるところまできている。
金銭面とサッカースタジアムが整わずに辞退しているという状態。
なんとか一肌脱いでみたいと思ってしまう。

この前、地元の自民党の集まりに出てみたところ、
地元サッカーチームの監督さんがいたので、
是非Jリーグへという話を、僕はコンコンと語ってしまいました。

その一方で僕の住む地域のサッカーフリークとの繋がりを作っていくことも大切。
政治活動をしていると、サッカー話で盛り上がることが非常に多い。
その時は、
「この地域にJリーグを目指すチームができたら一緒にサポーター組織を作りましょう!!!」
と会う人会う人に話すことにしている!!!

あとは、チーム運営やサッカースタジアムを作る資金が必要。
やり方としては、まずサポーター組織を立ち上げて会費を集める。1人一万円として、5万人は集めたい。
計5億円。
これでも足りないと思うので、
大学の同窓会で某IT業界の社長さん(奥さんが某女優です)に、サッカービジネスはどうですか???と話をしておいたので、なんとか出資してくれないかなー。

と、まぁいろいろと思いをめぐらせずにはいられない世界クラブ選手権なのでした。
なんか出来そうな気がするんだよねー(笑)。



2004/12/12(日)
最後のトヨタカップ FCポルトvsオンセ・カルダス

ヨーロッパチャンピオンと南米チャンピオンのクラブチームが激突するトヨタカップが今回で最後になる。

状況的にはクラブ世界一を決める大一番なのだが、
横浜国際スタジアムの観客席は、かなり寒かった。

欧州代表のFCポルトと言えば、17年前のトヨタカップが忘れられない。
雪で覆われた国立競技場。
延長戦も残りあと僅か。
そんな中、一本の縦パスに抜け出たマジック・マジェールは、左サイドでゴールキーパーと1対1になる。
そしてマジェールの蹴ったボールは左カーブを描きながら、
ゴールキーパーの頭上を越えた。
ボールは雪上にバウンドし、ゆっくりと転がってゴールインする。
サッカー史に残る名場面だ。
翌日の小学校での合言葉は「マジェール!!!」になっていました。

今回のFCポルトのメンバーは、
ヨーロッパチャンピオンズリーグで優勝するやいなや、
チームの核である魔術師・デコが、FCバルセロナへ移籍。
その他の主力選手もビッグ・クラブに移籍と、戦力的にはかなり物足りない。

一方、南米代表のオンセ・カルダスは、コロンビアの中堅クラブ。
スター選手は一人もいない。
ポカ・ジュニアースやリバープレートという南米の超名門クラブを押しのけての出場だ。

そんないきさつもあってか、
今回のFCポルトvsオンセ・カルダスは、
クラブ世界一決定戦と断言するには難しい試合になっていた。
ACミランvsサンパウロFCやユベントスvsリバープレート
のようなスター選手を要する強豪同士の試合であったなら、
横浜国際スタジアムは満員になっていただろう。

僕が小学生の頃は、トヨタカップというだけで身震いしていた。
そしてその後、Jリーグが誕生して日本サッカーの歴史が劇的に動いた。
日本人のサッカー情報量が飛躍的にアップした。
そういった大局的な変化の影響なのだろう。
今回の対戦には、圧倒的なモノ足りなさを感じてしまった。



2004/12/11(土)
今日はゆっくりと読書かとおもいきや

政治活動をしていると、
政治好きのおっちゃんたちと会う機会が多く、
それゆえ坂本竜馬の話を耳にすることも多い。

日本史や世界史の教科書に載っている本ならば、
おそらく世界でも5本指に入るくらいに読み込んでいると
自負できる私ですが(笑)
なぜか、坂本竜馬については全く知らない。
(西郷さんなら深いとこまで知ってますが(笑))

よし!!!これはいい機会だと思うことにして
今週末は、オークラホテルにこもり、
(いつもどおり格安で。。。)
「竜馬がゆく」(司馬遼太郎)を読むことにした。

が、なんといったらいいのかなー。

幕末の大局的な状況の中で、
竜馬が何を思ってどのように行動したか、
というストーリーを期待していたのですが

何も考えず、ただ剣の練習をする
というチマチマした感じの展開に我慢がならず、
一巻を読み終わったところでギブアップ。
司馬さんの坂本竜馬には、深さがない。。。
またの機会に読むことにしよう。

テレビをつけたら、SMAP中井くんの「なにわ金融道」が
やっていたので、こちらに見入ってしまった。
夜は、横浜マリノスVS浦和レッズを観賞。



2004/12/09(木)
タウンミーティングを開催!!!

僕の高校の同級生が市政に挑戦することになり、
その手伝いをすることになりました。
政治活動の始まり始まりです。
その第一歩として本日、
地元でタウンミーティングを行ったところ、
大盛況に終わりました!!!

毎朝、開催のチラシを駅で配ったり、
休みの日はプログラム作成やスタッフ打ち合わせをしたりと
準備も大変でした。
その甲斐あって、沢山の方々にご来場していただきました。

李白の勝手な思い込みですが
この選挙区が地殻変動を起こすような
そんな予感をせずにはいられない雰囲気が
自然と会場内に生まれていたと思います。

ここからが本当のスタートです!!!告示は半年後。



2004/12/05(日)
所沢シティマラソン

小学生の頃、よく通った西武ドーム(当時は西武球場)。
西武ドーム
写真の中央の席は。。。
完走した直後

ついに、人工芝に降り立つことになりました。
今回、所沢シティマラソンを走ろうと決めた理由の一つが、
このフィールドに降りられるという点でした。

ちなみに、隣の「写真の中央の席は。。。」というのは、
小学校2年生の時、おばあちゃんと一緒に、
西武VSロッテの試合を見に来ていていまして

「写真の中央の席は。。。」の中央に座っていたのでした。

そしてロッテのレオン・リーのファウルボールが
僕の左太ももに直撃!!!
幸い大事に至らずで助かりました。

ホームペース上から豪速球が一直線に
僕に向かって飛んでくる光景は、今でも鮮明に覚えてます!!!

レースの方は、自己記録を10分縮める力走。
次はもうちょっと楽に走れるようにしたい。

この「もうちょっと楽に走れるようにしたい」という思いが、
マラソン中毒者に共通した欲求みたいです。

次回のレースは2005年1月9日(日)の
谷川真理ハーフマラソン!!!



2004/12/02(木)
オレオレ詐欺未遂に会う!!!

僕の父親が電話を取った。

「あ、、、お父さん。いや実は内緒で、青学の同期の伊藤という友達の保証人をしていたんだ。でも彼がどこかに逃げちゃって、ずっと探していたんだけれども、支払日になっちゃったんだ。今日中に180万円を払わなきゃならないんだよ。さっき銀行に行ったんだけれども、明日にならないと下ろせないんだ。それで今、10日間無利子のサラ金のところにいるんだけれども、100万円までしか貸してくれないんだ。お父さん、何とか80万円用意できないかな。明日になったらすぐに返せるから。」

といったような内容の電話がかかってきたそうだ。

電話の声で分からないのかー!!!
と、突っ込みを入れたくなりますが、前日に、僕が風邪を引いていたので、「声が変わっているのだろう」と思ったという。
しかも、昨日の風邪で寝込んでいた状況を「保証人のことで悩んでいたのか。。。」と深読みしてしまったみたいだ。
口調がいつもと違うのも、サラ金に囲まれているせいだと解釈したという。
そして"青学"というキーワードで信憑性を感じてしまい、
"保証人で借金という事態"にカッとなって我を忘れてしまったという。

親父には小さい頃から
「親しき仲でも保証人には絶対なるな!!!」
と、口うるさく言われていたので、
僕が誰かの保証人になることは絶対にありませーん!!!
三つ子の魂、百までも!!!

さて話は戻りまして、電話の声がサラ金に変わり、ややドスの聞いた声で、
「お父さん。息子さんに180万円キッチリ貸したいけれどもね。うちも商売だから100万円が限度なのよ。回収はうちの仕事だから、何とか80万円用意できませんかね?」

となりまして、親父はとっさに自宅から近くの銀行までの距離を計算したという。そして
「1時間後くらいに用意できます。また1時間後に連絡をください。」
と答えたという。
(サラ金)「分かりました。あっ、お父さん携帯持ってますかね?」
(親父)「すみません。この前解約してしまって持っていません」
(ここで、サラ金はややガックリきた感じだったという。)
(サラ金)「そうですか。ではお父さん。また1時間後に電話します」
ということになり、電話が一旦切られたという。

何てこった。。。と思い。しばらく呆然とした後、
確認のため僕の携帯に電話をしたという。

ここからは僕の場面に移ります。

会社は昼時で、メールをチェックしていたら、親父から電話がかかってきた。
「風邪で寝込んでいたのに、何も言わずに家を出てきたから、怒られるのかなー。まったくお節介だなー」
と思って受話器を取った。

(私)「何?」
(父親)「おい、今どこにいるんだ?」
(私)「はぁ?会社に決まってるでしょ!!!」
(父親)「・・・わっはっは。いやー。今、オレオレ詐欺がかかってきたよ。そうか。はいはい。それじゃ」
ということで、一件落着。
その後、警察に連絡したという。

実際に「オレオレ詐欺」が来たとなると、
こうも取り乱しちゃうものなのかねぇ〜。



2004/12/01(水)
風邪でダウン!!!

ついに疲労がピークに達してダウン。。。
会社を早退しました。
何か栄養のあるものを食べてから寝ようと思ったので
立川中華街に寄り、「陳健一の麻婆豆腐」を食した。
そして家に帰り、薬を飲んですぐに寝た。


2004/11/28(日)
オレオレ詐欺で思い出したこと。

オレオレ詐欺で、思い出さずにはいられない記憶があります。
今から20年ほど前のことです。
小学校の図書館に置いてあった唯一のマンガは
「はだしのゲン」でした。
その中の登場人物で"朴(ぼく)さん"という人がいました。
その朴さんが、ゲンの家を訪ねる場面。。。

トントン!!(ゲンの家の戸をたたく音)。
ゲンの母親・・・「どちら様ですか?」
朴さん・・・・・・・「ぼくです」
ゲンの母親は、ガラッと戸を開けてしまう。

この一連の場面を見て、クラス中で大笑いした記憶がある。
「ぼくです」と聞いただけで、戸を開けちゃって良いのかよ!!!
ってね。



2004/11/24(水)
まずは第一歩

高校の同級生が政治の世界に挑戦することになりまして、
その手伝いをすることになりました。告示は半年後くらい???

さてどんな手伝いかというと。。。

朝5:30に起きて、6時半に某駅々へ到着。
そして二人で、「おはようございます!!!」と
通勤・通学の方たちにあいさつをして、
パンフレットを配っている。
それから僕は出勤で、相方は政治活動。

これを8年間も続けていたという
現在横浜市長の中田ひろしはあらためて凄いと思う。
まさに超人だ。

この政治用語でいうところの「朝立ち」も
今日で2週間続けることに成功!!!
最初の1週間はとても辛かったが、
ここにきてなんとか体が慣れてきた感じです。

「あきらかに2週間前の俺たちではない!!!」
と、お互いに健闘を称えあって笑った。

2週間もやっていると、
顔なじみの人が増えてきて楽しくなってくる。
それに、中学や高校の同級生にも当然出くわすわけで
即席でパンフ配りを手伝ってくれたりする。
ドンドン輪が広がっていく感じだ。

この地域で金字塔を打ち立てたい。
そして前代未聞のブッチぎりで圧勝したいね。



2004/11/22(月)
明治維新に気をつけよう!!!

僕がよく足を運んでいる場所は政治関係が多いので
いろいろな議員と話をする機会に恵まれる。
その中で一つ気になったこと。

明治維新の幕末藩士たちを引き合いに出して
「今は第二の開国の時なんだ」と得々と力説する議員は、
何もしていないかショボイ一般質問しかしていないことが多い。

「過去の話じゃなくて、あなたはどんな問題に取り組んでいるの?」
という突っ込みを入れたい衝動を抑えながら
「そうですねー」と顔で笑っている。

現在こういうことが問題だと感じていて、
自分はこうしたいと思っている。
そのためにこういうアクションを起こしているんだ。

ということを話して欲しいね。



2004/11/17(水)
出会いはいろんなところにある。岩國哲人さんのパーティー

先週の水曜日は、
岩國哲人さんのパーティーに参加しました。
大学の頃の友人が秘書をしているので、そのツテです。
「会社の友人」と「僕の近所に住む大学生」
を引き連れての出席でした。

ニューオータニの宴会場は、
ザッと見渡すところ500人くらい。
友人(羽村市議会議員)の弟さんにバッタリ出くわしたり、
中田ひろしの秘書さんたちと久々の再会を果たしたり、
楽しかったなー。

で、そんなこんなをしていたら、
とあるテーブルで某大手企業の社長婦人(50歳くらい)と
偶然にも話をすることになりました。
話し始めるや否や、
カッナリ面白くて話に夢中になってしまいました。
そして、お互いに「ハッ」と気がついたら、
会場内はガラーンとしていて、
残っている人は20人ほど、知らぬ間に会が終わっていました!!!
お互いに大笑い!!!!!!
「あらー、もう時間なの。今度、家でカキ鍋パーティーをやるから来なさい!!!」ということになって、
近々お邪魔させていただくことになりました。



2004/11/16(火)
富士山に登りたくなった。

先週の火曜日は、"約2年前に偶然知り合い、
1年前に衆議院議員になった田嶋さん"(千葉一区)のパーティーに行ってきました。
場所は幕張プリンスホテル。
選挙中に友人になった方々と久々の再会。
そんな中で、最近はどうしているかという話題になり
"さっきセブンイレブンに行ったきたよー"という感じで
「この前、ホノルルマラソン走ってきたよー」
という方がいました。

僕的視点では、
『よくよく考えてみたら結構スゴイ挑戦であるのに、何事も無かったようにサラリと言ってのけてしまう人』は、非常にカッコいい。

「もちろん練習を相当したんですよね」
と聞いてみたところ、
ほとんどぶっつけ本番ということでした。

しかし裏づけはシッカリあって、
日本はおろか世界各国の山々を登り歩いているとのことでした。黄金の足の持ち主!!!

「マラソンをやっているなら、体力の限界が来てもそれを乗り越える精神力が身についているから、山登りもやってみたら。使う筋肉は違うけれどもね!!!」
ということで、マラソンにベースを置きつつ、
来年は山登りにも挑戦してみようと思い立つ。

ニューヨークから帰ってきて強く思うようになったのは、
「日本人に生まれたからには○○○をしておこう」
の「○○○」の部分を追求しなければならないということでした。
そして先日、ホテル・ニューオータニの最上階でメジャーリーガーを見かけ、クレメンス選手が大塚選手に「フジヤマはどれだ」と質問していました。

よし決まり!!!
「日本人に生まれたからには富士山に登っておこう」
ということで、来年の夏あたりに、
富士山の山頂を目指すことを決意。



2004/11/08(月)
ライブドアに便乗したい!!!

昨日は、僕の住む町の市長とサシで話す機会に恵まれたので、
常日頃考えていることを伝えておきました。

その中の一つのお話。
楽天に敗れたライブドアは、地方競馬場を買収するとの話が出ている。
そこでだ。
わが町が保有する赤字続きの競艇場をライブドアに買収してもらってはどうだろう?
株式を数十パーセント保有してもらって、経営権を持ってもらうのもいい。
とにかく今、競艇にはプロデューサーが必要なのだ。
買収してもらわなくてもいい。
堀江社長が競艇場に視察にくるだけで、
マスコミもこぞってやってくるので、
計り知れない宣伝になる。しかもタダで。
それにマスコミが取り上げることで、
笹川家で牛耳られている競艇界に楔を打ち込めるのではないかとも思う。

とにかく競艇が儲かれば、わが町の収入も上がる。
そうすると市が行える政策の幅が広がる。
市としてお金を儲けたいし、一方で節約もしたいね。



2004/10/16(土)
ひたすら眠る!!!

ニューヨークにおいて、大量の情報がドカンと
頭に叩き込まれた感じで、脳がかなり疲れ気味。
この二日間くらいは、一日中寝てしまいました。
明日あたりから、旅の記録を書くことにしよう。

明日はほぼ一夜漬け状態で挑む試験だ。。。



2004/09/27(月)
幸若舞いを練習

先日、黒澤明監督の「影武者」を見ました。
その中で、武田信玄の死を聞いた織田信長が

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり…

と、幸若舞いの「敦盛」を自ら謡い舞う場面がありました。

超かっこいい!!!

早速、自分の部屋で幸若舞いを練習。
(誰かに見られたら恥ずかしいかも(笑))

誰か友人の不幸を聞く時があったら、
幸若舞いを舞うことにしよう。



2004/09/24(金)
明日はホテルオークラ

二ヶ月ほど前に、「9/25ホテルオークラ東京1泊」と
健康保険の施設利用を申し込んでおいたら、
偶然にも当たっていました。

さーて明日はホテルでマッタリしよっと!!!



2004/09/20(月)
誘われることはチャンスの始まり

「○○をしよう!!!」と自ら思い立って、行動することは重要ですが
一方で、「一緒に○○をしよう!!!」と身近な人から誘われたとき、
その誘いを受け入れて行動できるかどうかも重要なことだ。

誘いがあること自体が、とても貴重なこと。
そしてその誘いを受けることは、チャンスの始まりである。
何かにつけて断っていたら
チャンスが流れ込んでくる道を自ら塞いでいくことになる。
どれだけの誘いを受け入れられるかという度量の深さが
チャンスを呼び込む源泉なのかもしれない。

今、パッと思いつく限りだったら
「今度、一緒にエベレスト登らない?」
>「100キロマラソンがあるのだけれど、一緒に走らない?」
「自転車で日本一周をしよう」
くらいの誘いだったら、即OKかな



2004/09/19(日)
日本語変換は面白い。

今日はある講演会に誘われ、
その感想を書こうとコンピュータに向かう。

「某講演」と入力するつもりで
「ぼうこうえん」と入力して、変換キーを押したら
「膀胱炎」と出てきました。

思わずノートパソコンを前に、一人で大笑い。

さて某講演の方は、そうねー。

「夢がかなった。病気が治った。」
という話はもういいかなーって感じ。

「お笑い芸人に成ろう。自分なら成れると思った。」
という、その発想力一点に、
すべての成功の根源があるのに
それ以降の過程を、信仰のおかげにしていまうのは
いかがなものかと思いました。
またそれなりの意見があるのだろうけれども。



2004/09/18(土)
ニューヨークへ行く。

「ニューヨークに行こう!!!」と、ひらめいたので
来月行って来ます!!!



2004/09/17(金)
現在の都(みやこ)は。

「東京都」とは、その字のとおり、
東にある京の都という意味です。
京都から見て、東の位置にある京の都です。

しかし現在の京の都は「東京都」なので
「東京都」からみて西の位置にある
現在の京都を西京都に変更して
現在、京の都である「東京都」を
京都に変更するべきだとフト思いました(笑)。



2004/09/10(金)
聖徳太子生誕の地
聖徳太子生誕の地
幼少の太子も眺めた風景???

聖徳太子は、この風景を眺めながら、
天皇を頂点に置き、実務は摂政・関白が行うという政治制度
を思いついたのだろうか。

現在も太子の考えた制度は脈々と続いている。
天皇を象徴の位置におき、政治の実務を内閣総理大臣が行うという形で。

593年以来、平安貴族が台頭したり、武家社会になったりと、日本国において政変は数多くあった。
しかし、「天皇を中心に置き、実務は別の者が担当する」という根本的政治制度は、全く変わっていない。

1400年以上も安定した制度を考えだした聖徳太子は、やっぱり凄いねー。



2004/09/09(木)
いざ奈良へ。

中学生の時に漠然と眺めていた法隆寺や大仏を
もう一度見てみたいという衝動が起きたので、
明日から奈良へ旅行します。

奈良ということで、ふと思いましたが、
日本の大仏界は、
「奈良の大仏」と「鎌倉の大仏」に牛耳られています。
人気と集客力からして、
スーパースターであることは間違いありませんが、
何とかここに楔を打ち込む形で、
もう一人、スター大仏を誕生させられないだろうか?

平成時代になってからというもの
後世に残るような建築物が建造されていない。
そうであるならば、
現在の最新鋭の技術を駆使して、
「平成の大仏」を作ってみてはいかがだろうか。



2004/09/04(土)
哲学を語らない政治家、哲学すらない政治家

友人が、松下政経塾にいまして
そのつてで、政経塾25周年シンポジウムに参加しました。
場所は経団連。

政経塾出身の国会議員が、
安全保障政策なり、年金政策なりを得々と語っていた。
ハッキリ言って新聞を読めば分かるような話。
今日の参加者の水準からみたら、そんな話は百も承知だ。

会場はドヨ〜んとした雰囲気に。。。

そんな中、唯一、政経塾出身ではない
松井証券の社長が発言。

大変失礼な言い方をしますけれども、
企業で言ったら、部長クラスが話す話ですね。
トップの人間が語ることではないですね。
経営者はね。経営のノウハウは語らないんだよ。
今後の人間の生活はどうなるのか。
どうなっていったらいいのか。
そういうことを語るんだよ。
国会議員をやっているなら、
そんなチマチマした能書きを垂れているんじゃない。

日本という国家はどこへ向かうのか。
今の若者には、終身雇用という観念がない、
インターネットの普及で、
個人がグローバルに情報を交換する状態にある。
これは、国家という概念を大きく変革させるものなんじゃないか?
情報感覚の変化によって、これからの人間はどうなるのだろう?
そういった根本的な哲学を語った上で
政策なりなんなりを話さないとダメだね。

哲学を語った上で、政策を語る。

本来、松下政経塾が目指していたものは
これなんじゃないの。

場内は拍手喝さい!!!

政経塾出身、政治のお勉強はしっかりやった。
ただそれだけの政治家が増えているみたいだ。

偶然にも、漫画家の引兼憲史さんと遭遇。
「加持隆介」や「課長島耕作」がこの場にいたら
どんな発言をするんでしょうかねぇ〜
と、いろいろ吹っかけてみました!!!



2004/09/03(金)

坂本竜馬とフリーメイソン

長崎から東京に帰ってきて、頭を仕事モードに切り替え
通勤電車に乗っていたら、ふと中刷り広告に目が留まりました。
週刊現代の見出しの中の
「坂本竜馬はフリーメイソンに操られていた」
という一文。

先日長崎を旅行した時、同じようなことを僕は思ったのでした。
(だから写真を取ってきました!!!)
このタイミングでこの記事を見かけるとは凄い偶然!!!

早速、コンビニに駆け込んで週刊現代を読んでみました。

その記事によると。。。
グラバー邸
グラバー園内にフリーメイソン石の扉
石の扉の上部にフリーメイソンの紋章
幕末藩士とグラバーが会話を
交わしたと言うグラバー邸内
香港上海銀行旧長崎支店
旧英国大使館


坂本竜馬は、長崎のグラバーさんという商人に出会ってから、西洋の民主主義の思想を習い、また資金の提供を受けて、メキメキと頭角を現したといいます。

そしてそのグラバーさんの一族は、世界征服???を目指すフリーメイソンで、長崎貿易で儲けた資金を竜馬らにつぎ込み、幕末藩士たちを利用。
ビジネス展開の一つとして日本の開国を仕掛けた。

というのです。

ネット上でも調べてみましたが、グラバー商人が竜馬らに資金をつぎ込み、開国に向け利用した。

という説が陰謀としては一般的なようです。

うーん。浅い!!!(笑)

どうせならば、次のようなところまで、陰謀説を広げてほしかった!!!

グラバー園の丘のすぐ下に、香港上海銀行(HSBC)長崎支店があるではないですか!!!

香港上海銀行は、ロンドン・ロスチャイルドと姻戚関係を結んでいるサッスーンという一族が経営していた(orしている???)銀行です。

この支店が長崎に設置されたことによって、長崎港は最先端の決済手段・金融技術を得たのでした。そして当然、全世界にネットワークを持つ香港上海銀行には最新情報が入ってきます。

そして香港上海銀行のすぐ隣にはイギリス大使館があります。
イギリス政経界=ロンドン・ロスチャイルドですから、サッスーンの香港上海銀行とタックを組むような形で、ロスチャイルドの息が長崎にかかっていたのです。

僕の独断と偏見に基づいて陰謀説を広げると次のようになります(笑)。

@ロンドン・ロスチャイルドが日本に目をつけて、「日本を開国させよう」とサッスーンに話を持ちかける。

A長崎にイギリス大使館と香港上海銀行とを置き、貿易港としての地位を確立させる。

Bそこで儲けを出す仕組み作りを、グラバーにお願いする。

Cグラバーが日本を開国できそうな人材を探し、竜馬らをスカウトする。彼らをフリーメイソンに入会させる。

D表立って幕末の藩士たちが活躍する。

日本の開国の黒幕は、ロスチャイルド!!!
というオチでした。

竜馬が操られていたとは思いませんが、
竜馬をはじめ幕末藩士たちは、それなりの方から
思想教育と資金援助を受けていたことは、間違いありません。




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