日記

日記(2001年5月~8月)

2001/08/23(木)
池袋駅内の小さな古本屋

池袋駅内に小さな古本屋があるのですが、
ここの店主はただ者ではない。
今日、本棚をざっと眺めていたら、
以前から読みたかった
『革命か反抗か-カミュ=サルトル論争-』(新潮文庫)
がありました!
一目惚れ。
早速カウンタに持っていくと、
そこのおやじさんが
「難しいの読むんだねぇ」
と言ってきて、
カミュとサルトルの話をすることになってしまいました!
むむっ。
前回はドストエフスキー論だったが、
今回はこう来たか・・・。



2001/08/19(日)
難民問題

昨年、国連大学で
小方貞子さんの講演がありまして、
ピースウィンズというNGOの1員として
参加したことがあります。
そこで話されていたのは「難民問題」で、
ルワンダ等のアフリカ諸国についての話題が中心でした。
日本国が難民に対して何ができるか、
援助の資金をどうするかという議論が展開されていました。
その間、何かおかしいなと僕は思いました。
「日本国には難民は決して押し寄せてこないという前提」
があった上での議論のような気がしたからです。
「難民」と聞くと、
どこか遠い異国の地の出来事のような気がしてしまいます。

「日本に難民が押し寄せてきた場合どうするのか?
日本の難民受け入れ体制はどうなっているのか?」

と調べようと思ったのですが、未だに調べていません。
例えば、朝鮮戦争が再開されて、
日本に何十万人と難民が押し寄せてきた場合
どうなるのでしょうかね。



2001/08/16(木)
日本社会では、誰が強者で、誰が弱者なのでしょうか?

構造改革によって「弱者」が痛みを被ると、
いろんな方たちが発言していますが、
この「弱者」というのが具体的に
何を指しているのか気になるところです。

中央からの地方交付税交付金や
補助金が途絶えると困ってしまう人たちなのか、
特殊法人の子会社にぶら下がっている人たちなのか、
高齢者なのか、障害者なのか、
納税すれども権利が制限されている在日外国人なのか、
フリーターなのか、中小企業の従業員なのか、
大企業でリストラされる人たちなのか・・・。

と、いろいろ考え方があるわけで、
一体、弱者とは何なのだろう?

また一方で、
構造改革によって利益を受ける人たちも当然いるはずです。
その人たちって具体的には誰?
そして、その人たちに対して「構造改革で得するよ!」
というアナウンスがなんとも少ないように感じてしまいます。

日本社会では、誰が強者で、誰が弱者なのでしょうか?



2001/07/23(月)
好きな芸能人は

「好きな芸能人は誰?」
と聞かれるといつも困ってしまいます。
即答できる人には感心してしまいます。

僕はまず、どのような基準で好きなのかという段階で
悩んでしまいます。
外的魅力?
内的魅力?
――わかりません。

そんな中で頭に浮かぶのは
「ビョーク(Björk)(アイスランド出身のsinger)」
なのですが、相手が知らない場合が多い。
「好きな芸能人って誰?」
「そうだねぇ・・・。んー(3分経過)・・・。ビョークって知ってる?」
「誰それ?」
といった展開になってしまいます。

こういった話題では、
両者で確実に認識できる人を言わないとダメなんですよね。
そうは言っても特にいないので、
時勢の流れに従い「モーニング娘の吉澤ひとみ!」
と答えるようにしています。
と言いつつも、実は結構好きなのかもしれません(笑)。



2001/07/19(木)
読み辛い本

今日は、無性にゲーテの『ファウスト』が読みたくなりました。
本は決まって古本で済ませているのですが、
見つからなかったので今回は新品を買ってしまいました。
最近は、とにかく読み辛い本を読破したくて仕方がありません。
精神を集中させて、
一文一文しっかりと心に刻んで読み解いていく。
読みやすい本ではいけません。
というわけでゲーテがいいかなと思ったのですが
難しいというわけでもないかな。
言葉の組み合わせがとても美しいので感動できました。
その他、カントの『実践理性批判』、
ヘーゲルの『存在と時間』も買ってしまいました。
これは読むのが大変そうです。



2001/07/12(木)
またあしたね

ある友人のホームページを読んでいたら、
とても感動したお話があったので、
そのままコピーしてきてしまいました。
遷都ぽーる@西東京さんの文章です。
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『大阪の池田小学校の事件、本当に悲しい事件ですよね。何もない平穏な楽しい日々を過ごしていた小学生たちが、急にあんな事件に巻き込まれてしまうなんてね。その事件のすぐあと、わたしが電車に乗っていたときに、ちょうど事件に巻き込まれてしまったような年代の、かばんをしょった小学生たちが電車に数人乗っていたんですね。その子たちがある駅で先に降りる友だちに向かって「またあしたね」って言ってたんですね。それを聞いたときに、またあしたねって言うのはなんていい言葉なんだろう、って思ったんですよ。なんていうのか、あしたね、って次につながるっていうか希望がある言葉じゃないですか。ちょうどそのとき池田小学校の悲しい事件のことを考えていたので、またあしたね、ってある日突然言えなくなってしまった子どもたちもいるのになあ、とそのときの私にその言葉はすごくいいなあと思わせたんですね。この政治社会学の授業でも「それじゃまた来週」とか「また次回に」とか次へつないできたわけだけど、今日は私が今年で定年してしまうので最後の授業となってしまうけど、「じゃあまた今度、どこかで」って言えば希望がつながるでしょ。だからそういいましょう。「また今度、どこかで」』
といって授業が終わったのです。その直後、5号館の大教室が自然と鳴り止まぬ拍手につつまれたのでした。

------

・・・。言葉って本当にすごいな。



2001/07/10(火)
単身赴任で地方にいる父親から

ホームページに載せる文章というのは
不特定多数に公開しているので、
家族に読まれてしまう可能性があります。
当然といえば当然ですけれどもね。

―――実際にこのページはというと・・・。
両親がパソコンを使えるので事細かに読まれてしまっています!
なかなか恥ずかしいものです。
単身赴任で地方にいる父親から、
「あの文章は何じゃ!」とメールでよく注意を受けています。
謹んでお受けしています。
さて今日の文章はいいがでしょうか?



2001/07/07(土)
イベントなき人生

今日は七夕か・・・。
そういえば、ここ数年イベント事にはとことんウトくなっています。
クリスマスは特に何をするわけでもないし、
初詣もここ数年行っていません。
節分はいつだったんだろ?
他には何かあったかなー。
バレンタインデーも気にならんし。

ハテ、ここで僕が不思議に思うのは、
何で正月とか、バレンタインデーとか
節分とか七夕とかクリスマスがあるのだろう?
ということです。逆に考えてみましょう。
もし、これらのイベントが全て無くなってしまったらどうですか?

僕の中では、既にこれらのイベントが無くなりつつあります。
カレンダーに記載されている
“~の日”
を無視し続けていてどうなるかと言いますと、
時間の認識が変化してきます。
「わーい今年もクリスマスだ」とか、
正月に「また今年も新たにがんばるぞ!」とか
「今年のバレンタインはどうかなー」
という感覚がなくなってくるのです。
“去年の~、今年の~、来年の~”
という認識がなくなり、
時間の区切りがよくわからなくなってきます。
そして、自分の背中の上に“膨大な時間”だけが
ボンッと積まれているような気分になってくるのです。
区切りのない時間って重いですよー(笑)。

こう考えると、イベントなき人生って
平坦でつまらないものですねぇ。
ということで、よしっ!今日からイベント日は楽しんでしまおう!
7月8日は何の日かなー。



2001/07/04(水)
人権センターから

某人権センターから、
企画立案に参加してくださいとの連絡があったので、
今日顔を出してみました。
企画の計画に来てくださいなんて、
言われたらなんだか嬉しくなってしまいますよね?

『人権』か・・・。
一時期、人権についてはとことん考えたものだ。
結局のところ、
自分の中だけで思考をめぐらせただけですので、
近いうちにこのページで人権コーナーを企画し、
語ってみたいと思います。



2001/06/25(月)
社会調査実習
金曜日、土曜日、日曜日と
某市で社会調査をしていました。疲れたー。
某市の選挙管理人名簿から
無作為抽出によって600人を選び出し、
その方々の家を一軒一軒個別訪問して
アンケートに答えてもらいました。

それにしても世の中いろんな人がいます。
営業は楽しい!
「居留守を使う人」や「玄関先で僕を追い出した人」、
「アンケート途中に「こんな質問には答えられない」と怒り出した人」もいました。
そうかと思えば一方で
家に上がらせてくれてご飯をごちそうしてくれたり、
長々と年の功を語ってくれたりと、
こころ温まる人々もいました。

中でも特に印象的だったのは、
『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)の
次男イワンの話で盛り上がった人です。
とってもいい顔をしているおばちゃんでした。
このような人を奥さんにしなきゃなと思いました。

さーて、これからデータ入力して分析して、
修士論文を書こう!



2001/06/18(月)
僕の「ラーメン観」

僕の「ラーメン観」が形成されたのは、
高校1年の入学間もない頃です。
あのラーメンを食べたときのことは今でも鮮明に覚えています。
ラーメンの見方が180度変えられてしまった事件でした。
僕は立川の「あじまる」というラーメン屋に今もよく足を運んでいます。
立川駅は僕の下車駅ではありませんが、
この駅に近づくと、
あじまるのラーメンが食べたくて食べたくて
仕方がなくなってしまいます。
約10年間、このパブロフの犬状態を脱することができていません。
どれほどにウマイかというと・・・。
とにかく食べてみなくてはわからないでしょう。
1度食べると、あじまる中毒患者になってしまうのでご注意!



2001/06/14(木)
NHKの番組に出ることになりました。

あさって土曜日の午後8時から放送される
NHKの番組に出ることになりました。
職業について話をする番組みたいなのですが、
番組の構成がよくわかりません。
何人くらい人が来るのかもわかりませんし、
どんな年齢層が来るのかもよくわかりません。
生放送ということでどうなることやら。
機会があったら何か発言してみようと考えています。
全国放送だし、
僕の名前のテロップが出たら
このホームページのアクセス数も増えたりして・・・。



2001/06/07(木)
初めてワールドカップをテレビで見たのは

今日は、日本VSオーストラリア戦を見ようと
午後7:30に家に帰りました。
そしてテレビのスイッチを押したら「ファイナルアンサー」と、
みのもんたが・・・。
あれっと思って新聞の番組欄を見たら、
おい、試合が終わっているじゃないか!
何でゴールデンタイムに試合をしないのだ・・・?
結果はどうなったんだろうと思って、
文字放送のボタンを押す。
入試の合否結果を見る瞬間のようでした。

それにしても日本は強くなった。
いづれ機会を設けて「サッカー論」を語りたいと思います。
そういえば、初めてワールドカップをテレビで見たのは、
90年イタリア大会の「イングランドVSカメルーン」。
リネカーやロジェ・ミラーがいた時。
ノーガードの打ち合いといった印象の試合で、
この時“サッカーというのはすごいスポーツなんだな”
と思った記憶があります。

90年代のワールドカップの試合で得に印象に残っているのは、
〔90年イタリア大会〕
イングランドVSカメルーン、西ドイツVSアルゼンチン
〔94年アメリカ大会〕
イタリアVSナイジェリア、ブルガリアVSドイツ、
ブラジルVSスウェーデン
〔98年フランス大会〕
スペインVSナイジェリア、オランダVSアルゼンチン、
イタリアVSフランス、アルゼンチンVSイングランド、
ブラジルVSオランダ

と、まぁこんな感じかな。

個人的には、「ストイチコフ率いるブルガリア」の
古いタイプのサッカーで好きでした。
サッカースタイルは、オランダが一番綺麗で優雅で美しい!
そろそろ優勝してもおかしくないのだが、
オランダは予選落ちしてしまいそうなんだよな。
この辺りで終わりにしておきます。



2001/06/06(水)
首相公選制について

首相公選制については、
僕は若干の不信感を抱いています。
人気投票になってはいけないと
「他の議員の推薦を得た国会議員のみ」が
首相に立候補できるとしている点です。
候補者を立てる権利が国会議員のみにあるのだから、
選択肢は限定されます。
制度的なロジックとして国民が選んでいますが、
実際は国会議員が、
つまり実質上政党が首相を選んでいるのと何らかわりありません。

一方で、小泉さんは国民が選んだ首相ではないけれども
国民が選んだ首相みたいな感覚があります。
支持率が90%に近いというのは、まさに国民の代表です。

しかし、内閣としてまだ何も実績をあげていないのに
「支持するか・支持しないか」と質問すること自体、
おかしいのではないかと思います。
首相の任期を終えた時点で、
小泉内閣について「支持するか」と質問すべきです。
今の支持率は要するに、
「好感を持つか持たないか・好きか嫌いか」
といった程度のものなのではないでしょうか。



2001/06/03(日)
『自転車泥棒ドットコム』

自転車が盗まれた・・・。
そこで、『自転車泥棒ドットコム』という会社を
立ち上げようかと思いました。
このサイトで、ちょっとした報奨金を提示して、
放置自転車の登録番号を寄せてもらう。
すると一方で、自転車を盗まれた人は、
当然このサイトを訪れることになる。
見つかったらお金を払ってもらって引き渡し。
もちろんサイトに人が集まるから広告収入でも儲けることができる。
その他の策としては、
放置自転車をDNA鑑定や指紋鑑定で徹底検証し、
盗んだ犯人を見つけ出す。
そして“裁判を起こすぞー”と脅して金を巻き上げる。
それか、集まった自転車を海外に輸出するなんてのもいいかもな。

盗んだバイクで走り出すと、困る人も出てくるので盗難はやめましょう。



2001/06/02(土)
自民党・加藤紘一さんに聞く。

内閣総理大臣の靖国参拝問題は、
あとどれくらい続くのだろう?
日本の政治家は何か決着をつける方法を
考えているのだろうか?
今日、このことを、加藤紘一さんに聞いてみたのだが
上手くはぐらかされてしまいました。
発言によっては国際問題になるのでしょうがないか。。。

解決策を考えてみます。
まず単純に世代がそっくり入れ代わってしまえば解決すると思います。
しかしこれだと味気ないので、
次の策はどうだろうか。
“あの戦争を記憶に留め、
 アジア全ての戦没者に哀悼の意を示そう”
という主旨で、アジア諸国の首脳が集まり、
各国に「共通の慰霊碑」を建てる。

「戦争を直接経験した世代」 から
「伝聞で戦争を知った世代」への交代が
完結しつつある今の時勢であるならば、
「アジア全体で、戦没者を拝もうよ!」
という共通感覚を創ることは可能であるような気がします。



2001/06/01(金)
どんなことを書いていたのだろう?

ステキな表現や、なるほどな!
というエッセイを読んだ後に、
こうして文章を書くのは大変です。
その「よさ」が脳裏に焼き付いてしまって、
自分の生み出す考えが陳腐に思えてしまうからです。
何かいいアイデアはないものかと思念すればするほど、浮かばない。

そういえば小学校の頃、
国語の時間で作文を書くことが全然できませんでした。
原稿用紙が配られて、
例えば「一昨日の遠足について書きなさい」と言われます。
僕は、何を書こうかとずっと思考にフケッてしまい、
結局何も書かずじまいのことが多かったです。
そんな中で、
用紙を配られるやいなや即座に文章を書き出す人達がいました。
僕が必死になって試行錯誤しているのに、
この作業を一瞬のうちに終わらせ、執筆にとりかかっています。
一体何なのだこいつらは!!!と思っていました。

さて一体、どんなことを書いていたのだろう?



2001/05/31(木)
機会を掴むのもまた才能

部屋のポスターをそろそろ変えようかと考えています。
今貼ってあるのは「オードリー・ヘップ・バーン」と
「フェラーリ」のポスター。
J・アレジがドライバーの時です。
彼がティレルでF1に現れたとき、
これは近い将来にワールド・チャンピオンになるなと思いました。
しかし今は・・・。

彼が注目を浴びたのは「アメリカ・フェニックスGP」。
このレースのアレジとアイルトン・セナとのバトルは今でも覚えています。

そしてアレジの分岐点は、翌年、フェラーリかウィリアムズのどちらのチームに移籍するかでありました。
彼は、栄光のフェラーリを選択。
そしてその年、ウィリアムズは「FW14」という化け物のマシンでGPに参戦。
N.マンセルがダントツのポイントでワールド・チャンピオンに輝きました。

もし、アレジがウィリアムズを選んでいれば・・・。間違いなくワールド・チャンピオンだったと思います。

才能と機会のめぐり合わせ、
その機会を掴むのもまた才能なのかもしれません。



2001/05/27(日)
世界の真空状態

今日は・・・。
ロッテリアでハンバーガーとウーロン茶を注文しました。
するとカウンターのおねえさんが、
「ミルクと砂糖をお付けしますか?」と聞いてきたので、
僕は『はい』と答えました。
そして席に座って、コップの押えを開らき、
ミルクとガムシロップを注ぎました
そして、ストローで飲んだところ(ここまでは全く無意識に行動)。
「なんだこの味は!・・・注文したのはウーロン茶だったんだ・・・」
と、気が付きました。
飲めたもんじゃありませんでした。

しかしこういった事態になってしまった責任は誰にあるのだろう?
店員の女の子は、「ウーロン茶」と聞いていたにも関わらずコーヒーと勘違いしてしまった。
そして僕も「ウーロン茶」と注文していながらコーヒーを頼んだと勘違いしてしまった。
お互いに何の疑問も持たずに「言語でウーロン茶と認識」していながら、
「行動でコーヒーと認識」していたわけです。

この世界の真空状態に出くわした気分でした。
僕と彼女は世にも奇妙な世界に引きずり込まれていたわけです。
半端な甘味と薄いミルク味のする奇妙なウーロン茶を飲みながら、
そんなことを思いました。



2001/05/24(木)
オープンカフェ
あたたかい日和になるにつれて、
オープンカフェにハマっている。
必ず歩道に一番近い席に陣取ることにしています。
そして学術論文や小説を読んだり、手紙や文章を書いたり。
疲れたら、息抜きに路上を行き来する人々をボーっと眺める。

『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹)という小説の中に、
主人公が新宿に一日中、座り込んで人間観察をする場面があります。
そんなことをフト思い浮かべます。

それにしても世の中には僕の知らない人が
沢山いるのだなとつくづく思います。
カフェに座っていて、知っている人に1度も出くわしたことがありません。
今まで僕の前を通り過ぎた人達全員を何とかして知ってみたい。
しかしそうもいかないか。
それよりも、僕を知ってもらう方が簡単かもしれない。
そのためには・・・!
それがこれからの僕の課題であり、挑戦です。



2001/05/23(水)
ハンセン病訴訟の代表の人と話す。

昨年、機会があってハンセン病訴訟の代表の人と話をしたことがあります。
当時は国に責任を認めさせるべく活動中だったのでしょう。

僕は勉強不足であり、この件に関しては詳しく知りませんでした。
振り返って思うに、
「責任」をどこまで追求するつもりなのかを聞いてみたくなりました。
国としては責任があるけれども、小泉首相個人に責任はない。
僕の単なる感想ですが、
「国の責任にすることで全てが昇華されてしまう」ような気がします。
国は人ではありません、システムです。
国というシステムには罪の意識はありません。
罪を償うのは人間です。

ハンセン病者が過酷な処遇を受けた当時の厚生大臣やら、
意思決定を行った責任者に対して謝罪を求めた方がいいような気がします。
僕が原告だったらそうします。
ハンセン病の隔離政策に関わった人達は、
現在ビクビク怯えているんじゃないかな。おそらく。
法的にどうなっているかはわかりませんが・・・



2001/05/20(日)
地元の芸術を地元の人々に

今日は、青梅市立美術館に行きました。
親戚の写真展覧会です。
西多摩地区の戦後から現在までの人々の生活の移り変わりが表現されていました。
地元の展覧会ということで、
写真に写っている人々が顔見知りの人だったり、
風景も今のあの場所だ!と連想できたりと面白い。

地元から生まれた芸術が、
地元の人々に還元されていくのはいいことだと思います。
写真を始めたくなりました。さて何を撮ろうかな。



2001/05/16(水)
掃除をしていて出てきた昔の日記

異性に惹かれる理由の一つとして、
両者の精神世界の違いがある。
人間は誰でも社会的現実に対応して自分の世界を形成する。
すると当然、男女間には大きな隔離が生じてくる。
この隔離が異性との付き合いを非常に興味深いものにしてくれる。

と、掃除をしていて出てきた昔の日記にこんなことが書いてありました。
なかなかいい文章だと思ったので載せてみました。



2001/05/15(火)
あの人は現在こうなっているだろうな?

今日は、朝の電車で中学校の同級生に遭遇しました。
ほんと久々だったのですが、
ちょっと前に会ったばかりの気分でした。

僕は通学、彼は通勤。
結婚して、マイホームがあって、
そしてついこの前、子どもが生まれたそうだ。
いやーもうお父さんなんだよな彼は。
いいパパになっていました。

最近、思うことの1つとして次のようなことがある。
小学校、中学校の頃を振り返ってみて、

あの人は現在こうなっているだろうな?

と想像してみます。

そして実際に本人に会ってみると、
まさにそのとおりになっていることが多いということ。

今日の彼は、
中学校の頃は真面目だったし考え方もしっかりしていたし、
性格も温厚でした(私の印象だと)。

そのイメージを持って判断するに、
なるべくして“現在のイイ彼”になっているような気がしました。

彼いはく「結婚はタイミングだよー」。そうだねぇ。僕も早く結婚してみたい!



2001/05/10(木)
芸術のあるべきところ

今日は、ある事情で老人ホームに行きました。
寝たきりの末期的な老人が多いところに・・・。

この建物の概観がとても良かったです。
設計者の芸術性には感心しました。
待合室もシャレたオブジェや絵画が飾ってありました。

しかし1つ残念であったことがあります。
各病蘭室の内装が実に無機的であったこと。

老人が横たわっているベッドが碁盤目状に並べられていて、
それをやや薄汚れた白い壁が取り巻いていました。

建築物の外装や待合室は芸術性に富んでいるのに、
なぜ病室には芸術が無いのだろう?

死を待つだけのお年寄りの方達がいる空間ではないよ、これでは。
最も芸術の必要とされる場所の1つは病院。
美術館や博物館に芸術を閉じ込めておかないで、
芸術をあるべき場所に解放すべきです。




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